2009年7月 3日
コメント欄が活気?づいている ~高知白バイ事件
ちょっと巨大掲示板を見にいってないうちに、随分とスレッドが進んでいました。
その一つが、『また冤罪!スリップ痕捏造 「高知白バイ事件」有罪判決 17』です。もう17です。 --> こちら
所詮掲示板ですが、巨大サイトということもあり注目度もあります。玉石混淆ということもあり、その辺は取捨選択するとしてもキラリと光る書き込みというのはあるものです。
そちらはそちらとして、高知白バイ事件の支援者さんのブログでも書き込みが盛んに行われています。認証制になっていないということも活発にやられている理由でしょう。気の弱い私としては気後れがして、読むだけの参加とさせていただいていますw。
そもそもが、あるフラッシュアニメの紹介から始まっています。アニメ自体そのものに特段意味があるものでもないですが、アップされていることを取り上げたところになにか意図があるのかなぁと思えます。
事故形態についてとか、ブレーキ痕、スリップ痕が本物か偽物かなどといった論争がずっと続いています。 -->高知白バイ事故=冤罪事件確定中
その中であるコメンテーター氏に着目してみます。書き込みを読みながら、論争のやり方、視点、考えた、立場、目的などをイメージしてみてなんとか理解できないものかとトライしてみます。わずか数行の記述のなかで誤解なくというのはそもそも無理かもしれません。が、なんとか行間も読みながらどんなことをイメージしながら議論しているかを探ってみます。
1.コメントしている目的は
2.立ち位置は
3.そしてエネルギーの源泉となる動機は
4.心理状態は
5.おまけとして、今後の訴訟の参考になることがあれば勉強させてもらう
ということを念頭にいれて、アンテナ感度を目一杯にあげて読んでみます。
印象を交え、独断と偏見の塊みたくなってしまいましたが、短くコメントしてみました。
いろいろ変化球をぶっつけ探りをいれてる?
もっともらしいことを前後に挟みながら
笑なども交え心にもないこともすらっと書ける
文脈のなかで意味を捉えるのではなくて、言葉だけを切りだしてその言葉じりで別の話をつくる
おおよそあり得ないこととか仮定の話がでてくる
現場で検証に立ち会った警察官でないとわかり得ない事柄を第三者に質問形式でぶつけてくる
完璧な捏造だとゆってないのに、それを前提として逆質問してくる
物理的に意味不明が説明が数行に渡ってある
なにを意図したいのか、どんな目的があるのか不明な記述が数行にわたる
半捏造説だ・・、と意味不明でありなにを主張したいのか?
どんなスタンスかを説明しているが、ちょっとちがう印象
立証責任は状況によって変化するのに決めつけている
本人でなければわからない質問を第三者にしかけてくる
違う論点でも同じように本人でなければわからない質問を第三者にしかけてくる
可能性の話をいくらしても意味がないのに延々と繰り返す
探りをいれながら、国賠と再審についてある争点へ導くために仕向けてる?
納得できるかどうかに他の人が付き合わされても
偽証罪も詳しそう
物証>証言の関係・・参考になる
支援者の主張に対して極めて懐疑的な立場はわかるがその目的は
「弁護過誤」で訴えてとあるが、そう単純なものでもない
たらればの話がまたでてくる
質問に答えられないなら不可といえばいいのに、ありもしない架空の話にすり替える
ああいえばこういうで、別の話にすりかえてゆく
立証責任は検察にあるのに、すり替えてくる
本人に聞くしかないのに第三者に聞いてきても無理難題 そこに話をもっていこうとしてる
あり得るということは言えるが、とゆって可能性のことばかり
答えるのに無理な質問をぶつける
形容詞を巧みに使い、答えるのが出来そうもない質問をつくり印象操作
またまた仮定の話を持ち出す
不利な形勢になると話題を変えて、ほかを攻撃しだす
立証責任は検察にあったのにしなかった。しかし弁護側だという
またまた仮定のはなしではじまり、最後は意味不明な一文で終わる
・・・
と、瞬間的にイメージできたものを言葉に置き換えてみましたが、いまだこのコメンテーター氏の真の目的をつかみ切れていません。 まさか邪魔しに来られただけというのでもないでしょうが、「真実を追求する」という立場を表明されているようなので、その中で弁護側を懐疑的にみていてもそれは構わないのですが、「真実追求」を前面に出して前向きな議論ができたらそこに参加されている皆さんがどれだけハッピーになれることか、と思います。 たとえば弁護側のこの点はこういう風に補強しないといけないとか、この点はこうこうこういう理由でオカシイとか、論点をこちらに持っていった方がいいとか、・・・などなど ようは前向きな議論になっていかないと、折角の貴重な時間とエネルギーを使っているのにそれが無意味になってしまいそうで、懸念しています。 どこぞの不特定多数が集まる掲示板でもないのですから、一般論としてもコメンテーターはサイトの趣旨や目的をわきまえながら前向きな議論をすることが望まれるということだと思います。
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2009年6月29日
弁護側を胡散臭いとみるならば、検察の証拠も疑ってかからないと公平・公正とはならない
釈迦に説法 思い込んでいるものになにをゆっても無駄かもしれないが・・・
これまで何回か「足利事件」を取り上げてきました。というのは、事件解決には多くの時間はかかってしまったけれども事態が大きく動いた経緯の中に、「高知白バイ事件」が解決するヒントがあると思ったからです。
事件解決が遅々として進まないことにいらだちを覚えるのですが、足利事件でも高知白バイ事件でもそうですが、警察と検察による捏造、偽造などの不法行為が事件をより一層複雑なものにし、そのことが事件解決の大きな障害として立塞がっているということを認識し、理解しなければなりません。
きょうび、「警察や検察が悪いことをするわけがない」と思い込んでいる人というのは、皮肉を込めていえば同じ業界にいる裁判所の裁判官ぐらいなものではないでしょうか。業界内の力関係からそうせざるを得なくなっていることもありますが、とても残念です。
世間では、自分が直接体験したことで明確にそう認識している人々をはじめとして、薄々そのことを感じている人までを含めたらいったい国民の何割がそのことに気づいていることでしょうか。このような実態がある中では、裁判に「良心、正義」や「真相解明を」求めること自体がナンセンスとなり、期待するほうがおバカということになります。
しかし、たとえ現実はそうであっても実際に事件に巻き込まれた関係者にとってはそれですまされるはずもありません。そんなデタラメな警察・司法のワンダーランドの中でもなんとか糸口を見つけ無実を晴らすべく最善を尽くそうと闘っているのだと理解しています。
足利事件では「DNAを再鑑定してくれたら必ず無実が晴れるから」と菅谷さんと弁護団が強く強く要求してきました。それをほったらかしにした裁判所、無駄に時間だけが経過し真犯人は取り逃がすわ、時効が来てしまうわ、で警察と検察が行った不正行為が事件解決に与えた悪影響は計り知れないほど大きなものがありました。
事件化され、起訴されて裁判所に場が移されたら移されたで、「警察や検察が悪いことをするわけがない」と決め付けて起訴状を判決文に書き直すだけの代書屋になり下がっている裁判官たち。これが司法の実態だと思うと嘆かわしい限りですが「ニッポンの司法は終わってる」と切り捨ててお終いとするわけにもいかず、あれこれ取り上げてみます。
こんな裁判所の実態を知ってか知らずか、官邸には「司法制度改革推進本部」という組織があります。司法の基本的制度を抜本的に見直すという大改革のフレコミで平成13年12月、総理大臣を本部長として全閣僚を構成員とする司法制度改革推進本部を作ったとあります。
そこの中に司法制度改革審議会という部会があり、毎回議論が行われていて集中審議第2日配付資料のなかに「日本国憲法が想定する司法とは」という文書があります。 --> こちら
こう書いてあります。(一部抜粋)
◎「すべての国民を平等・対等の地位におき、公平な第三者が適正な手続により公正かつ透明なルールに基づいて判断を示す」(『論点整理』)
⇒法原理的思考と具体的かつ現実的な事実認識に基づく自律的な秩序形成
・「理」に基づく解決であること
・具体的な事実関係を基礎とした経験的な判断に基づく解決であること
・当事者の主張に対して最大限配慮した秩序形成であること
この文書自体、とやかく文句を言われる内容でもなく、妥当な理念と思います。が、しかし実際の裁判の現場では違い過ぎていることにただただ唖然とするばかりです。この乖離は「いったいどこからくるものだろうか」って。
足利事件ではDNA鑑定が間違っていたことがテレビで大々的に流され、もはや逃げ切れないと観念したらしく、東京高裁矢村宏裁判長が6月23日に再審の決定をしました。
で、決定に至った理由が要旨として公開されました。それを読んでみて、どうも検察を庇おうとしているようで、そのために東京高裁の説明がいまひとつすっきりしないのです。なんかこじ付けの印象をうけてしまいます。
近々開始される再審では警察と検察の捜査段階で「なんで間違ったか」という技術的な検証もしなければならないのはもちろんのことですが、以下の要旨を読んでいくうちに、それよりもずっと大きな問題が横たわっていたことを悟りました。
これまで、なんで冤罪が繰り返されるのかと事例を調べているのですが、やれ「警察・検察が自白の強要をやった」とか、「証拠捏造、供述調書の偽造をやった」とか、「捜査そのものがでっち上げでデタラメだった」という事例をみてきました。警察・検察は絶対間違わない。それを前提としているからこそ、裁判官が検察の言う通りの判決を出しているから99.9%の有罪率が維持できているんだという理解でした。
表面的には確かにそうですが、なんで検察のストーリーを丸呑みできてしまうのかというところまでは、外部の人間にはなかなかわかりませんでした。その一端が以下の要旨の中に書かれていて、「なるほどな」と思ったわけです。業界内では常識になっていてそれが前提で仕事が流れていくのに、それを知らない世間の人はいつまでたっても疑問が晴れないわけです。
警察や検察の捜査の段階でやってしまう不法行為というのは既存の法律に罰則規定を新設すれば大きな抑止力になり、なんとかやめさせることもできますが、こういう暗黙の了解はどうすることもできないです。業界に流れている価値観が変わらないことにはどうにもなりません。
それというのは、
検察官は弁護側鑑定人の鑑定の信用性を争うものの、検察側鑑定人による鑑定については信用性を争わないという。
「おいおい、おい」と思わず突っ込みを入れたくなります。
裁判にかけるどうかを決められる権限を持っているただ一人の人が検察官です。先月、一部弁護士もできるように法改正がありましたが、大本の法は変わっていません。
その検察官が弁護側が出してきた証拠が正しいものかどうかを吟味するのは当然の仕事ですが、そうかといって検察が出してきた証拠がすべて正しいかどうかは関係当事者以外は誰にもわからないはずです。警察が捏造したものかもしれませんし、検察官自身がエンピツ舐め舐め偽造したものかもしれません。その実例は足利事件や高知白バイ事件に限らずいくらでもあります。
そういう実態があるのに裁判官といったらの~天気に、検察が出してきた証拠に間違はいない、だから信用性を争うことはしないとしていいんですか、といいたいです。
弁護側が出してきた証拠は胡散臭いから信用性を争うが、検察側が出した証拠は信用性があるから争うことはしないと決めつけていいんですか。
そんな単純なものじゃないはずです。
「こんなでことでいいのか」、というのが率直な感想です。
中日新聞2009年6月24日
足利事件再審決定要旨 東京高裁
足利事件で、東京高裁が23日、再審開始を決定した要旨は次の通り。
一審及び控訴審判決が菅家さんを本件の犯人であると認定した根拠は次の2点に集約できる。(1)犯行現場付近に遺留されていた被害者の半袖下着に付着した犯人のものと思われる体液と菅家さんの体液のDNA型が一致したこと(2)菅家さんの一審公判廷及び捜査段階の自白供述が信用できること。本件再審請求で提出された新証拠も(1)、(2)に関して一審や控訴審で取り調べられた証拠の信用性を弾劾しようとするものである。当裁判所は証拠や事実取り調べの結果を総合し、現時点で(1)及び(2)の根拠が維持できるか否かを検討する。
一審及び控訴審判決で認定された菅家さんが本件の犯人であることを裏付けるDNA型に関する事実は次の通り-菅家さんの体液と半袖下着に付着していた体液のDNA型は一致し、血液型も一致した。このようにDNA型及び血液型が一致する者の日本人における出現頻度は1000人中1・2人程度であった。
再審請求で提出された新証拠は、電気泳動のバンドの位置を解析し、犯人と菅家さんのDNA型が同一との判定は誤っているというものである。
当裁判所は再審請求で提出された検査報告書などの内容、科学警察研究所の技官が作成したDNA型鑑定書の本件の証拠構造における重要性、及びDNA型鑑定に関する著しい理論と技術の進展の状況にかんがみ、DNA型の再鑑定を行うと決定し、鑑定人を選任して鑑定を実施した。
具体的には半袖下着を以前の鑑定により切り取られて体液の付着が判明している数カ所の中心点をつないで左右に切り分ける形で二分し、各一片に付着する体液と菅家さんから採取した血液などの各DNA型を明らかにしてそれらが同一人に由来するかを判定させた。
検察側鑑定では、半袖下着の体液が付着していた個所の近くから切除した3カ所の部分から同一の男性のDNAが抽出され、菅家さんとは異なるDNAだった。体液の付着が確認されていない部分からはDNAが抽出されなかった。
弁護側鑑定によると、半袖下着の体液が多く付着していた個所及びその上下部位から切除した3カ所以上の部分から同一の男性のDNAが抽出され、それは菅家さんとは異なるDNAだった。
両鑑定で抽出された各男性のDNA型は一致し、同一人と推定される。
検察官は弁護側鑑定人の鑑定の信用性を争うものの、検察側鑑定人による鑑定については信用性を争わないという。検察側鑑定のみによっても菅家さんのDNAと被害者の半袖下着から検出された男性DNAの型は一致していないこと、その男性DNAは、半袖下着の体液の付着が確認されている個所に近い3カ所の部分から抽出されていること、体液の付着が確認されていない部分からはDNAが抽出されていないことが認められる。検察官は検察側鑑定が用いた体液の抽出方法が適切だったと認めている。
以上の点に照らすと、上記の男性DNAは本件の犯人のものと思われる遺留体液から抽出された可能性が高く、その型は菅家さんの型と一致しないことが認められる。そうすると弁護側鑑定の信用性を判断するまでもなく、検察側鑑定によって菅家さんは本件の犯人でない可能性が高いことになる。
この事実は、菅家さんが有罪とされた根拠の一つでもある菅家さんの捜査段階及び一審の公判での自白についても信用性に疑問を抱かせるに十分な事実と言える。ほかに菅家さんが本件の犯人であると認めるに足りる証拠はなく、菅家さんが本件の犯人と認めるには合理的な疑いが生じてくる。
本件再審請求は刑事訴訟法の、有罪の言い渡しを受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠を発見したときに該当する。よって、原決定を取り消し、再審を開始することを決定する。
・・・ 東京高検の意見書全文 ・・・
東京新聞2009年6月5日
東京高検の意見書全文
2009年6月5日【新鑑定について】被害者の半袖下着から抽出されたDNAと菅家利和申立人の身体から採取されたDNAが同一人に由来するか否かにつき鑑定が実施され、検察側鑑定人から「検査したDNA型の多くが異なるので、同一の人に由来しない」との鑑定書が提出されている。
検察官としては、次の通り、同鑑定が刑事訴訟法に定める無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当することを争わない。
鑑定人が実施した鑑定においては、本件半袖下着のDNA抽出個所に精液が付着していたか否かの検査がなされていない点で問題なしとしないが、捜査段階におけるDNA型等の鑑定(原鑑定)の際に切り取られた穴に隣接した外縁部からDNAを抽出していること、精子のDNAの抽出方法として適切な方法(最初に精子以外の細胞成分由来のDNAを除去した上で、次に精子を溶解する溶液を用いてDNAを抽出するという二段階法)が用いられていること、それらの外縁部のうち相互に若干離れた位置にある三カ所からいずれも同一のDNAの型が検出されたこと、逆にそれらの外縁部とは相当程度離れた位置にある個所からはDNA型が得られなかったこと、種々の調査・検討の結果によってもコンタミネーション(混入)の可能性を確認することができなかったことなどに照らすと、鑑定において本件半袖下着から抽出されたDNAが本件犯人に由来する遺留精液であった蓋然(がいぜん)性を否定することはできない。
また同鑑定にはDNA型判定の手法などの点でも特段の問題は認められない。
従って同鑑定が再審開始の要件である無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性は高いといわざるを得ない。
なお本件については弁護側鑑定人からも鑑定書が提出されているところ、鑑定人が実施した鑑定については、検査の方法などについて疑問があり、全体的に信用性に欠けるものであることから、この点については、別途科学警察研究所の意見書とともに、即時抗告審に意見書を提出する。
【再審開始について】以上の通り、検察側鑑定人による鑑定は刑訴法に定める無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性が高いので、本件再審の開始については、裁判所において、しかるべく決定されたい。
追って、申立人の刑の執行を停止するのが妥当と判断し、本日、宇都宮地検において刑訴法に基づき、申立人の刑の執行を停止する手続きを取ることにするので、その旨申し添える。
□ □ □
【関連本記】他の再審請求事件弁護士ら DNA鑑定に批判も足利事件で菅家利和さんの再審開始が決定的となり、他の再審請求事件を担当している弁護士らは、一様に喜びの声を上げるとともに、捜査当局の取り調べを批判した。
静岡県清水市(現静岡市)で起きた袴田事件の再審を求めている小川秀世弁護士は「大変画期的なこと。弁護団の努力が実り、本当によかった」と声を上げて喜んだ。
「無実の人がなぜ自白するのかという心理的メカニズムを理解できていない裁判官がいまだにいる。同じことを繰り返してはいけない。再審では、どのような取り調べが行われたのかを明らかにしてほしい」と願った。
埼玉県の狭山事件再審弁護団の中山武敏主任弁護人も「他の事件で再審を求めている関係者を力づける」とした上で、「狭山事件でもさまざまな鑑定書を出しているが書面審理だけ。他の事件もきちんと事実調べをすべきだ。取り調べの可視化で完全に録音・録画されれば、足利事件のようなことは起きない」と捜査側を批判した。
十二人の被告全員が無罪となった鹿児島県志布志市の選挙違反事件で、取り調べ中に親族の名前を書いた紙を踏まされた川畑幸夫さんは「密室でガンガン調べられると、頭が変になりそうになる。取り調べの一部可視化が行われているが、都合のいい部分だけ調書を採られたら犯人が作られる」と話した。
富山県警に強姦(ごうかん)などの疑いで誤認逮捕され約二年間服役後、再審で無罪が確定した柳原浩さんは「当時のDNA鑑定は精密ではないのに、信じ込んだ警察が悪い」と批判。その上で「確かと思われた物証でも覆ることがある。それに、なぜ自白してしまったのか。私のときと同様に、取り調べで強制があったのではないか。早く取り調べの全面的な可視化を実現すべきだ」と話した。
日本で初めて犯罪捜査にDNA型鑑定を取り入れた石山昱夫(いくお)・帝京大名誉教授(法医学)は「事件当時の鑑定がずさんだったのではないか。技術と経験を持った人が鑑定したのではなく、ジェット機の運転を素人がやったようなものだ。こういうことが起こると以前から思っていた。釈放は当たり前のことだ」と指摘した。
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2009年6月27日
「飯塚事件」 ~有罪の決め手は科警研が実施した精度の低いDNA型鑑定だった
飯塚事件についてはさきのエントリーで取り上げましたが、いずれ表面化してくると見ていましたが、今朝の中日新聞に出てきました。
中日新聞2009年6月27日
昨年十月、七十歳で死刑が執行された久間三千年(くまみちとし)元死刑囚の弁護人。
福岡県飯塚市で一九九二年二月、小学一年の女児二人を殺害したとして、殺人罪などに問われ、二〇〇六年に死刑が確定していた。
後に「飯塚事件」と呼ばれるこの事件も有罪の決め手は、警察庁科学警察研究所(科警研)が実施したDNA型鑑定だった。足利事件と同様、黎明期の精度の低い鑑定だった。
久間元死刑囚は、再審請求の準備が進んでいた昨年十月、死刑を執行された。「再鑑定できない証拠を裁判で採用する際には制限を設けるなど基準づくりが必要だ」。一時は憔悴し切っていた岩田弁護士は「死後再審」に向けて準備を進めている。
久間三千年元死刑囚から送られた手紙を読み返す岩田務弁護士。「死後再審」に向け準備を進めている=福岡市で
足利事件で一九九一年、菅家利和さん(六二)を殺人罪などで起訴した宇都宮地検の元幹部が取材にこう答えています。
「法律家は科学に弱い。新しい技術だからと信じてしまった。
これからも新しい科学的知見は出てくるだろうが、何を信じていいのか…」
これを読んで愕然としました。
「この元検察官は自分の存在を理解しているのだろうか」って。
この世には何でも知っている、なんでも理解できる人間など存在しません。あらゆる分野、業界が細部にわたり高度化しており、その筋の専門家に意見も聞かずに独断で判断してしまう人も、まずいません。
常識さえあれば・・・・、
まずは図書館へいって調べるでしょう。
その程度でわかることといったらほんの入門編であり、やはりその筋の専門家に最先端の事情を聞くことになると思います。
この検察官は「何を信じていいのか…」とのたまっていますが、大きな思い違いをしています。なにかを信じるのではなくて、専門家に教えを乞うて、一人ではわからなければセカンドオピニオンを求めることもでき、ようは自分の脳みそでまず考えることです。信じることとは次元の違うはなしです。
いくらDNA鑑定の黎明期だったからといっても、それを日本で初めて犯罪捜査に取り入れた帝京大の石山昱夫(いくお)名誉教授(法医学)が居られたわけです。そのほかにもDNAの専門家はゴマンといらっしゃったはずです。
なぜ、教えを乞わないのか。
理解できないままにして、どうして独断でやってしまえるのか。
この神経は、私にさっぱり理解できましぇん。
検察官だけではなく同じ司法試験を受けている裁判官にも共通していえることですが、この「わからないこともそのままにして判断・決定してしまう」性癖・行動パターンが冤罪事件を作りだしている大きな原因だと考えています。
専門すぎて自分では理解できない、判断できなければ専門家に聞いてください。
マジで、頼みますよ。
・・・ 久間元死刑囚は、再審請求の準備が進んでいた昨年十月、死刑を執行された ・・・
中日新聞2009年6月27日 クリックで原寸大 ↓
■ 先の60人を飛び越えて上告棄却からわずか2年で死刑が執行されてしまった --> こちら
■ 上告棄却からわずか2年で死刑執行 ~飯塚事件 --> こちら
【 高知白バイ事件 国賠訴訟 】
なにも足利事件や飯塚事件だけではありません。現在、国家賠償請求訴訟で訴えられている高知県警ら「高知白バイ事件」でも、問題になっている部分は物理が大きくかかわるところであり、科学的であり、論理的であり、その点では同じことであり、「法律家は科学に弱い。」がモロに直面している事件です。
裁判長ら裁判官は「高知白バイ事件」で提出されている国賠訴訟の訴状を読まれている最中だと思います。一か月かけてじっくり読み込みたいということですが、そこに記述されていることでどうにも理解できないことがあれば、交通事故解析の専門家や、写真の専門家、コンピュータによる画像処理の専門家の意見をぜひお聞きください。
たとえ独力で理解できたとしても、念のため専門家の意見を確認してください。思わぬ見解が得られるはずです。
そして、再調査に動くはずです。裁判をやり直さなければ著しく正義に反すると判断を下されることになるはずです。
確信をもって進言します。
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2009年6月11日
警察、法務局人権擁護課への告白 ~白鳥決定を受けて劇的な展開となった
国家賠償請求訴訟と再審請求
「高知白バイ事件」という呼び名で通していますが、この事件は警察・司法史上特異な事件として後世に語り継がれることになるとみています。
すでに国賠訴訟が始まっていますが、再審請求にしても絶対的アドバンテージをもっている片岡さんサイドですから是が非でも実のある結果を得たいものです。過去にあった再審請求を調べてみても「高知白バイ事件」が異質であるとわかります。証拠のねつ造があったとか偽証があったとかいう他に、警察が直接の関係者になっていたことが決定的に違います。そのためその部分がどう作用するかを考えなければならず、その意味でも難しさがあるのだろうと思います。
難しい反面、心強い味方が大勢いらっしゃることは嬉しいことだと思います。果敢に証人になってくだっさた人には敬意を表したいですし、まだ証言までは至ってないが何かの拍子で証言してくださるかもしれない人もいます。そのような人たちに、またこの事件を応援くださってる全国の皆さん方にもいい結果をお知らせしたいものです。
で、再審請求を考えてみます。
何はさておき、「白鳥決定」です。
し・か・し、なんで判決文ってこうもダラダラと長いんでしょうか。どこが主語で述語はなんだといわれてもピーンときません。最低でも3つぐらいには分割できると思いますが、なんとかならないものでしょうか。
裁判員の皆さんもこんな長文を読まされることになるんでしょうか。迷惑なことですw。
白鳥決定
同法(註 刑事訴訟法)四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断忙際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。
昭和50年05月20日最高裁判所第一小法廷決定
で、要約されたものが秋山賢三著『裁判官はなぜ誤るのか』の中に書かれています。その第三章から引用します。
一九七五年五月二〇日、最高裁第一小法廷は、白鳥(しらとり)事件(一九五二年の警部射殺事件で、無期懲役刑が確定していた)の再審請求について、請求自体は棄却したが、再審法理に関する重大な判示をした。すなわち、
①再審の場合においても、「疑わしいときは被告人の利益に」との刑事裁判における鉄則が適用される。
②その判断のためには、新しい証拠と旧証拠の両方を総合して判断するとする総合評価説を採用すべきである。
と提唱したのである。
「疑わしいときは被告人の利益に」はどこまでいっても通用するし、新しい証拠だけでなく、すでに提出された証拠も合わせて判断するよという判決で、従前にあった東京高裁の決定「開かずの門」を少し広げた格好となりました。
それを受けて「徳島ラジオ商殺し事件」の第五次再審請求へと続きます。
この事件は32年かかって決着しました。再審請求が4回出されましたがことごとく棄却されました。5度目で請求が認められましたが、悲しいことに判決の日には被告人は亡くなっていました。その姉弟妹四名に対し「被告人冨士茂子は無罪」の判決が言い渡されたと、担当した秋山裁判官が著書『裁判官はなぜ誤るのか』のなかで書いています。
見込み捜査だった検察、杜撰な一審、二審そして、隠された6枚の写真。
検察はどうして、この写真を隠匿したまま茂子さんを犯人として起訴し、訴訟を進めたのか。と書いています。
高知白バイ事件を彷彿とさせます。
第四次再審請求のときの出来事が書かれています。
刑事訴訟法四三五条六号(再審請求は、有罪となった者が、明らかに無罪と認められる新しい証拠を提出したときに認められる)に該当する事由なしとして棄却した。
この間、NとAに対して偽証罪による告訴がなされたが、徳島地検は不起訴としていた。この不起訴処分に対して徳島検察審査会は「起訴相当である」との裁決をなし、検察に対して起訴するように勧告したが、徳島地検はそれでも起訴しなかった。
もし二人を偽証罪で起訴し、二人が有罪になれば、刑訴法四三五条二号「原判決の証拠となった証言……が確定判決により虚偽であったことが証明されたとき」には再審を開始すべしとする規定により、茂子さんに再審が開始されることになってしまう。
つまりは、検察は検察審査会の勧告を無視してまで、茂子さんの再審請求への道を徹底的に妨害したのである。
これまた高知白バイ事件を思い起こさせます。
まとめてみると、
この事件が劇的な展開になったのは、
1.白鳥決定が出たこと
です。が、その前に実は偽証をした二人があいついで
2.徳島東警察署、徳島地方法務局人権擁護課という公的機関に対して告白していた
ことが重要なポイントになりました。
話が前後し恐縮ですが、「偽証罪による告訴へ」とすぐ上の話につづきます。
第三章の終りのほうでこうかいています。
しかし、たとえ検察官の起訴が誤っていたとしても、審理する裁判官さえ慎重に科学的・合理的に判断する構えで審理をし、「疑わしきは被告人の利益に」との憲法上の原則に従って判決をしたならば、茂子さんがこれほどまでに苦しむこともなかった筈である。この事件における裁判官の事実認定は、通常、要求されている科学的・合理的判断というレベルからはあまりにも逸脱している。
著書では「科学的・合理的に」という言葉が随所にでてきます。
昨日のエントリーで第六章をとりあげ「60年前の最高裁判例」を引き合いにだしました。裁判の現場でたとえ科学的・論理的証明を蔑ろにした判決を出したとしても、それだけで最高裁からはお咎めがないのは経験的にわかっていて、だからそれでいいんだと思って杜撰な判決を繰り返すことになっているのではないかと思われます。著者はそこに警鐘を鳴らしたく主張されているのだろうと行間を読んでそう思います。
事実、最高裁はそれら判決を支持していますし、上告をことごとく棄却してくれていますから、やっぱ最高裁の判例どおりにやっていれば大丈夫なのだ、と思い違いをしているものがいたとしても不思議はない、と。
彼らにしてみれば最高裁の判例は絶大なわけで、その通りにやっていてどこが悪いの!?というぐらいなことではないでしょうか。
実際にカタタヤスシ裁判官とシバタヒデキ裁判官に会ってここら辺を問い質してみたいものです。
事態が思わぬ展開になることも予想され、過去の事例が何かの参考になるかもしれないと思い取り上げてみました。
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2009年6月10日
訴訟上の証明は論理的証明ではなく、いわゆる歴史的証明である ~最高裁判例
こんなことを聞かされたとしたら、どう思われるでしょうか。
「元来訴訟上の証明は自然科学者の用いるような実験に基づくいわゆる論理的証明ではなく、いわゆる歴史的証明である。論理的証明は真実そのものを目標とするに対し、歴史的証明は真実の高度な蓋然性をもって満足する。言いかえれば通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとする」
いきなり小難しそうな用語ばかりで恐縮ですが、これがニッポンの裁判の各現場でいわば指針となっている最高裁の判例です。1948年、昭和23年8月5日最高裁判所第一小法廷の判決です。
「裁判所が真実を明かすところではない」と聞かされていました。また現役の裁判長・天野登喜治判事の口からそれを具体的に聞いたときはわが耳を疑い、唖然となりました。 「裁判長のお弁当」の一場面でした。
--> こちら
ここでいう歴史的証明ですが、もともと裁判では被告の犯罪事実の証明は検察がしなくてはならないことになっています。それが不十分なら、裁判官はあえて証明させなければなりません。ところがところが、実態といえばほとんど機能せず検察の起訴どおりに判決がくだされ、その結果が有罪率99.9%となっているわけです。
で、歴史的証明の意味ですが、過去の一時点で歴史的・社会的事実(犯罪が行われたということ)があって、それを実行した者と被告人とが同一の人間であるということを検察官が証明してみせて、それについて裁判官が判断するという流れです。
ようするに検察が起訴したことについてだけ裁判官が判断するという建前なので、検察にとって都合がわるいこと、仮にそれが真実だとしてもそれを持ち出さなければ、裁判で真相が問われることはないということになります。「裁判所が真実を明かすところではない」というのはこういうことがあるからです。
■ 最良証拠主義の欠陥 --> こちら
「高知白バイ事件」では最高裁は上告をあっさり棄却しました。もちろんそれは想定されていたことですが、それでも一縷の望みをもって調査官たちがオフィスでどんな作業をし、それを裁判官がどう判断するのだろうかと疑問とともに期待も込めて見守っていました。が、そもそもそんな疑問や期待をもつこと自体が「愚かだった」とわかりました。
法律はおろか裁判所の判例に接することもなく、ましてや法律と同列同等となる最高裁の判例とはおおよそ無縁な一国民ですが、60年も前の最高裁の判例を知ることとなりました。たまたま「高知白バイ事件」にかかわり、それを通して「ニッポンの司法は崩壊した」と実感しましたが、それよりなにより、60年も前に崩壊のレールが敷かれていたことに驚き、いま考えを変え、認識を新たにしたところです。
当然のことながらその判例はいまも健在です。その判例を覆す判決が出ない限り、生き続けます。
だいぶ前のエントリーで「・・最高裁にしても初代長官のときはそれなりに機能していたがその後はどんどん変節していってしまった・・」と取り上げました。今般、60年前の判例を知ってやっとその裏がとれ、すべての疑問が解けたという思いです。ちなみに初代長官三淵忠彦1947年(昭和22年)8月4日~1950年(昭和25年)3月2日です。
■ 倒錯した論理、詭弁を弄する裁判官 国民が不幸になるだけ --> こちら
なんで冤罪事件が絶えないのか
たとえどんなにロクでもない警察・検察であったとしても、どんなに自白を強要させようとも、どんな方法で証拠をねつ造・偽造しようとも、最後の関門である裁判所それも3か所もあるが、そこで論理的証明が行われていたならば冤罪となった多くの事件が差し戻され無罪になっていたはずだと推定されます。
このことを国民は知っているだろうか・・・
警察・検察に犯人と決め付けられたら最後、どんなに科学的・論理的な証拠を積み上げようがそれに興味を示さないかもしくは消極的、さらには無視する姿勢を露骨にあらわすニッポンの裁判所。やっとその理由がわかりました。
判断する上でもっともベースとなるところで、国民が求めている価値観と大きく乖離していたら、そもそも裁判をやる意味がありません。
こんなことに疑問をもつ人はいないかもしれません。が、あえて取り上げてみました。1999年に発足した司法制度改革審議会が2001年6月12日に意見書を発表していますが、そこでも刑事裁判における冤罪問題について深くは立ち入っていないところをみると、国会でこのことが議論になったかどうか、知りたいところです。
いずれにしても判断の基準となる大問題と思うので、もし過去に議論があったとしても不十分であったのは明らかなのでそのことを踏まえて再度きちんと議論してほしいものです。
裁判所の凝り固まった脳みそではもはや対処できないとみているからです。
いま、細切れの時間を使って一冊の本を読んでいるところです。
![]() | 「裁判官はなぜ誤るのか」 秋山賢三著 岩波新書 1967年判事補に任官,以後,1991年の依願退官まで各地で判事として勤務 1991年弁護士登録(東京弁護士会) 現在-日本弁護士連合会人権擁護委員 袴田事件等再審弁護団,全国痴漢冤罪合同弁護団団長,長崎事件弁護団団長などをつとめる 著書-『民衆司法と刑事法学』(編著,現代人文杜,1999) |
前段で登場した最高裁判例は第6章「裁判官はなぜ誤るのか」のどしょっぱつに出てきます。この本のタイトルにもなっている章のそれも一番最初の節『1 裁判上証明されるべき事実」とは何か』のトップに、です。
著者が最初に押さえておきたい議論の前提となる重要な事柄だろうと理解しています。
初めて知ることとなりましたが、私にとって驚愕の内容です。

著書の最後でこう結んでいます。
・・・・
裁判官たちが、もし真の社会的エリートを自負するのであれば、本来、裁判所が民衆から期待されている機能(すなわち「司法的チェック機能」)に徹すべきである。裁判官の基本的使命は、要するに「人民の護民官」として人権擁護機能の歯車に徹することにほかならず、それによって初めて、広範な民衆の側から「名誉ある裁判官」と認められることになる。
そうではなく、検察官のした誤った起訴を適切にチェックすることもせず、すでに見たいくつかの判決のように、無理矢理、矛盾に満ちた「有罪判決」にいつまでもひたすら固執しているようでは、遂には当該被告人たちから侮られることはもちろん、我が国司法は早晩、広範な国民一般からも見放されてしまうに相違ない。
この本の出版は2002年10月ですが、その後もいくつかの裁判事例を見せ付けられ、著者の懸念が現実のものとなっていると理解しています。
60年もの長きに渡って、完璧なまでに形作られた土台を、そのうえでそれを是としてやってきた当事者に骨の髄まで沁みている考え方を変えさせることは困難であろうと思われます。すべての裁判官と検察官にも関わる価値観の大転換となる一大事業です。これは政治の力なくして実現できないと思うので、司法制度改革をやるということならば是非ともここに踏み込んでもらいたいものだと新政権に期待したいです。
訴訟上の証明は論理的証明がベースになければならない、と。
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2009年6月 3日
挙動不審なのに自信たっぷり!? ~高知白バイ事件・国賠訴訟始まる~
証拠開示の期待、高まる
互いの主張を通すにはそれぞれ証拠を出すわけですが、いかんせん原告にとって決定的な証拠というのは被告側(警察側)が握って放さない状況でしたので、地裁、高裁、最高裁とも涙を飲まざるを得ませんでした。証拠が得られなかったということで原告にとっては不利でした。そのため真相を知るうえで大きなハンディがありました。
このたび民事裁判がはじまり、これまで開示されて来なかったものが出てくるかもしれないのです。愛媛白バイ事件で切り刻まれたネガフィルムがでてきたように、です。
黒岩前交通部長がネガはあると会見でゆってますから出てくる可能性はあるのですが、それが正真正銘のオリジナルかどうかとなると、とたんに怪しくなります。画像を散々弄ったあとの写真をカメラで接写し、そのネガフィルムがオリジナルだとゆって出してくるかも知れないからです。
その可能性がプンプンと臭うのですが、ネガフィルム自体の経年変化を化学的に分析することもでき、いずれにしても偽造されたネガかどうかが焦点になると予想されます。
複製されたネガしか出せないとなればそもそも裁判に提出された写真の証拠能力そのものが否定され、裁判をもう一度やり直す以外にありませんから、本当にだしてくるかどうか、気がもめるところです。
先月5月15日、第一回口頭弁論
そこでは、訴えられた被告側の代理人はカメラに納まりたくないようでして、開廷前の法廷内撮影が終わってから入って来て、また閉廷したあとも逃げるように帰っていったと、現場に居合わせた人の弁です。
ということで構えていたカメラマンもさぞかしガッカリしたことだと思います。
それにしても被告側は「全面的に争う」と宣戦布告したわけでして、なにもコソコソする必要はないと思いますね。ですからで~んと構えていればいいんじゃないでしょうか。疚しいことは微塵もない?ようですから。
今回は顔の表情こそ映像に残せなかったですが、人の心理状態というのは行動にもくっきりでてくるものでして、頭隠して尻隠さずみたく、現場にいた多くの人に目撃されました。
原告の弁護士が堂々とインタビューに応じていますが、ああでなくっちゃいけません。
KSB瀬戸内海放送が国賠訴訟に関連し、3回続けて放送しています。 --> 2009/05/27
高知白バイ衝突死⑱ 新たな幕開け 国賠訴訟始まる
ビデオの後半には「バス運転手に過失を負わせるシナリオを作っていた疑惑」がでてきます。必見です。
事故当日3月3日には調書も作成されず、翌日になってやっと調書が作られたにもかかわらず、それより前、なぜか3月3日に公文書が作成されていたことがわかりました。
調書もない段階でどうやって公文書をつくったのか、シビアな問題に発展するかもしれません。
14ページにも及ぶ「監察発第 38号」と「別紙」などです。--> 先のエントリー こちら
尋常ではないことが行われていたことを彷彿とさせる文書の内容です。
| キャプション、ナレーション | |
|---|---|
![]() | 訴え 「ブレーキ痕をねつ造するなどして片岡元運転手に過失を押し付けた」 ⇒高知県警などに損害賠償請求 |
![]() | 被告側の代理人は開廷前の法廷内撮影の時、姿をみせず |
![]() | 被告側 「全面的に争う」とする答弁書
|
![]() | 被告側 ブレーキ痕ねつ造を根拠づける具体的は事実を示すよう求める ということは、 |
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2009年5月29日
捏造・偽造・改竄、そして隠蔽 おまけに偽証 ~検察も狼藉を働いていたとは・・・
悪行のデパート、やれることはすべてやった
まさにオンパレードとなりました。警察・司法ストーリーをもっともらしく見せかけるにはそこまでやらざるを得ず、承認もしくは命令のもと担当各位がそれぞれの持ち場で実行したのだろうと考えています。
写真や実況見分調書を調べて、「あり得ないこと、矛盾していること」を穿り出して、それをページという見える形にしてきたという経緯で、確信に至りました。
いまちょうど裁判員制度が始まったタイミングということもあり、国民の関心が否応なしに警察・司法に向かざるを得なくなりました。制度の本当の目的は違うところにあるとみているのですが、それはそれとして「警察や検察は信用できんぞっ」とこれまでは関心がなかった国民までもが気づくこととなり、裁判員制度を拵えたものたちにとっては隠して置きたかった問題が炙り出されて、「こんなはずじゃなかった」と地団駄踏んでいるのではないかと、そんな皮肉な結果になったと、注目しています。
「高知白バイ事件」では関係者が無用な不幸に苛まされ、失ったものがあまりにも大きすぎました。取り返しがつかない大きな犠牲を払ったことは悔やまれますが、この事件が世間に与えた影響という側面でみると前代未聞の事件だけに国として取り組まなければならない問題を浮かび上がらせたことは、大きな功績だった、と思うようにしています。
私が事件を知って1ヶ月すぎごろ、2007年11月29日に次のように書いています。タイヤ痕を弄っていることが写真からわかり、実況見分調書の矛盾点をページにホームページの方にアップしようとしていた時分です。
当時の認識では、たとえ検察が一枚かんでいたとしても、検察お得意の恣意的に好き勝手にできる裁量の範囲(犯罪として立証が困難な範囲)までだろうとみていました。その中で警察と一体化していた、と。 -->こちらから引用。
そのほかに土佐署が作成した現場の見取り図があるが、目撃者の白バイA隊員と衝突した白バイの位置関係が杜撰に書かれている。
このいい加減さは日常的なのか、はたまた今般の事故は辻褄合わせが難しくサジを投げたのか・・・・。この程度のてきと~な実況見分で、「よくぞ公判を維持できたものだ」と、疑念から確信に変わりつつある。
警察・司法が一体化しないと、とても無理だ、と。
ところが、その見方が甘かったことが表にでてきました。
とんでもない仰天な内容です。
『高知地検』で作成された供述書に「指紋の捏造」疑惑があると、月刊WiLLで暴かれたことが支援者さんの直近のエントリーで述べられています。支援する会としては関係者の了解が得られるまでは伏せておこうとした問題だったとのことです。
手口やその詳細までは把握していませんが、鑑定して裏をとっているということなのでもはや疑惑の段階ではないという理解です。
■ 支援者さんのエントリー こちら
検察がそこまでやるか
裏金問題は三井環氏逮捕事件がくっきり表面化してくれましたが、そればかりか検察にかかる問題は『特捜検察の闇』で克明に指摘されています。隅から隅まで読んでいますが、オゾマシイ現実があります。昔のエントリーから引用します。 --> こちら
・・・・
「あとがき」でこう締めくくっています。この本では「悪徳弁護士」の烙印を押そうと、田中森一(もりかず)、安田好弘の二人の弁護士が嵌められてゆく事件を追っていますが、国はやろうとすればなんでもできるということを実例をあげて説明しています。震え上がる内容ですがこれが現実です。これはそのまま高知白バイ事件にも当てはまり、なんら違いはありません。まさにこの一文で総括されています。
・・・
検事や弁護士や裁判官はそれぞれにきちんと独立し、お互いに批判し合い、相手の行き過ぎをチェックし合ってはじめて司法のシステムはうまく機能する。それを忘れて三者がなれ合い、国家の政策と一体化すれば、法の正義は失われてしまう。私がこの本で最も言いたかったのはそのことである。
高知白バイ事件では、検察がちゃんと本来の仕事をしていれば事件にならずに交通事故として終っていた、となんども指摘してきましたが、警察と検察、検察と裁判所の「馴れ合い、庇いあい」といずれも検察が関わり、結果的には検察をブリッジにしてこの三者がグルになってしまうという最悪のケースが「高知白バイ事件」であったと考えています。
検察が警察に対して毅然とした態度で「こんなオタマジャクシのような子供でもだませない証拠では起訴できないっ!」と、つっ返していたら交通事故として処理され、とっくの昔に終わっていたはずです。経済が急速に悪化することに対することで手いっぱいになり、とても警察・司法制度のことなんかかまっていられないというのが実情かもしれません。が、これを放置しておけるほど些細なことではなく、この問題に手を入れられるのはしがらみのない新政権でしかあり得ないと思うので、どんな政権が誕生するか見えない部分もありますが期待せずにはいられません。
法をも怖れず、なんで検察がこうも傍若無人でいられるのか
警察にはその存在を規定する「警察法」があり、実務を縛る「犯罪捜査規範」があります。飛び道具を持たせたり、逮捕権を与えているので当然です。罰則規定がないので空文化となっていますが、曲がりなりにも成文化はされています。もちろんこれをもってしても腐敗した警察には立ち向かえないですが、ないよりはマシだといったところです。
他方、逮捕権を付与され腐ってる検察はというと「ナッシング」、存在を規定する法もなければ、職務を取り締まる法律の類がないのです。刑訴法では起訴独占として出てきますが、それとて機能をあげているに過ぎません。あるといえば、職務外の行為に限定している国家公務員法がかろうじてあるくらいです。
その法律、昭和22年法律第120号の国家公務員法で懲戒になりうるケースとしては、第99条「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」があるぐらいです。これはあくまでも職務外の規定です。仕事上のことはあずかり知らないのです。
で、さらに調べると 国家公務員倫理法というのがあります。これは平成11年に法律第129号として制定されたものですが、とってつけたような内容です。申し訳程度に作ったもので、こんなんじゃ駄目だというものです。
(目的)
第一条 この法律は、国家公務員が国民全体の奉仕者であってその職務は国民から負託された公務であることにかんがみ、国家公務員の職務に係る倫理の保持に資するため必要な措置を講ずることにより、職務の執行の公正さに対する国民の疑惑や不信を招くような行為の防止を図り、もって公務に対する国民の信頼を確保することを目的とする。
結局、「検察がそこまでやるか」の問いの答えが、検察を取り締まる仕組みがニッポンにないのが一番の問題だとの結論に至りました。検察官制度を規定する罰則付きの法律を創設し、さらにダメ押しで特別検察官制度を創設して、やっとこさ世界が認める法治国家の仲間に入れるのではないかと、そう考えています。
月刊ウィル7月号です。が、毎度の執筆者の顔ぶれどおり「右向け右っ!」という編集方針のようでして、必ずしも万人にお勧めできるといものでもないですが、発行部数が文芸春秋に次ぐという情報もあり侮れない雑誌だと思います。なお発行部数はマル秘になっているようで、あくまで推測値です。近所の小さな書店にも7冊もあったところをみると4、50万部ぐらいあるかもしれません。意外に多いという印象です。
で、記事を見つけようと目次も開いても他と同列となっていて見落とすかもしれません。
粟野仁雄著「許すな、警察のでっち上げ偽装工作」です。被告たちの実名をあげたり、指紋偽造をすっぱ抜いたりして高知白バイ事件を糾弾しています。
月刊WiLL公式サイト ↓
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2009年5月22日
握り潰された目撃調書を出させるべき ~証拠隠滅は犯罪だ~
こうしてエントリーをアップしていると過去にどこかに書いたことがあるとおぼろげな記憶はあるのですが、しかしそれを探そうとなると探せないことに我ながら呆れます。
そんなときにお世話になっているのが最強の全文検索システムの『高知白バイ事故・冤罪事件確定中 (HTML版)』サイトです。 --> こちら です。
よそさんのシステムで検索して自分のサイト検索の足掛かりに利用させてもらっているというまことに情けない話ですが、でもそれが現実ですからしょうがありません。文句無しの素晴らしいサイトです。
■ msearch(全文検索エンジン)の実験 --> こちら
で、なにを探していたかといえば検察に回されなかった供述調書です。警察の誘導にも屈せず、ガンと主張を貫いたであろう生徒さんの「事故白バイが向ってきて衝突の瞬間までを見た」目撃調書です。警察にとっては脅威の調書だったに違いありません。
ところがその所在が不明のままです。内容が改変されてしまっているのか、はたまた捨てられてしまったのか、いったいどこにあるのか、・・
事件のカギとなる最重要の供述調書だったはずのものです。
写真のネガと合わせてこの調書も是が非でも開示させないといけません。
で、調べていたら民事訴訟法の改正があったというのです。情報に疎いというか知らなかったことですが、「文書提出命令の一般義務化」が盛り込まれました。大枠は平成8年改正で規定されたのですが公務文書は除外されていました。後に、220条4号の「(公務員又は公務員であった者がその職務に関し保管し、又は所持する文書を除く。)」という括弧書が削除され、公務文書も私人が所持する文書と同様に一定の除外文書を除いて文書提出義務があるものとされたということです。
これでいくと、
提出命令の申し立てが原告(片岡さん)から出された場合に、裁判所は監督官庁(この事件の場合は警察庁)の意見を聞かなければならず、監督官庁は、その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある文書に該当する旨の意見をのべるときは、その理由をしめさなければならないとありますが、
だいたいが「公共の利益を害する」とか、「公務の遂行に著しい支障がある」という理由があるはずもなく、無条件で提出しなければならないことになります。下の条文では「提出を拒むことができない」とあるので、結局、提出をせざるを得ないことになります。
愛媛白バイ事件でも細切れにされたネガフィルムがでてきたので、高知白バイ事件の国賠訴訟でも申し立てがされていることと思われます。
これに期待しています。
(文書提出義務)
第二百二十条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
焼き直しで恐縮ですが、重要ですから再度登場です。
■ 高知白バイ衝突死⑨ ”隠された”生徒の調書 --> こちらから
| キャプション ナレーション・コメント:青色 証言:赤色 | |
|---|---|
![]() | ”隠された”生徒の調書 これまで存在が一切明かされなかった調書があったんです。 |
![]() | 一人の女子生徒(赤色)と一人の男子生徒(青色)の調書は提出された しかし窓際の男子生徒(緑色)の調書は一切表に出ず 「白バイが遠くにいるくらいから見えてて結構白バイを目で追ってたんですけど、本当にあたる瞬間くらいで白バイが横に倒れたのを見て、そっから(白バイが)当たる瞬間はよく覚えてないんですけど」 生徒は半分開いた窓枠に手をかけ、事故の習慣までの白バイの動きをずっと見ていたと話しています。 「すごいスピードがでてるのは僕は感じましたね 普通に道路を走っている車よりは結構はやいスピードでした。」 |
下手な図を作って生徒さんの証言をもとに検証を試みています。
■ 衝突の瞬間まで見ていた生徒 --> こちら
■ 目撃座席から見えたか --> こちら
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2009年5月21日
監察発を急いだ訳は? ~警察官の殉職事案の発生について(申(通)報)~
文字を拾ってみました。作業自体はたいしたことでもないですが、文字にしてみると墨が入った部分、表現を工夫しているところ、そして行間、などなどいろいろ「ぬぬっ」とイメージが浮かんできます。
「監察発第 38号」とありますから、文書を発する職務権限がある者が発行する公式文書であり、この文書が基準となり本庁での各部署において、死亡隊員にかかるさまざな事務処理が行われることになるのでしょう。階級処理、補償、遺族年金などなどが考えられます。
ということから、これはひじょ~うに重要な文書ということになります。訂正や追補もないようなので、この文書で事務処理が進められたと、推定されます。
1.発行日に注目
すでに支援者さんが指摘されているように文書が発せられた日付はやはり気になります。電話やFAXなどで直ちに本庁に速報し、指示を仰いでいたと思われますが、それらを整理して文字にしたのが、この文書だろうと思います。
全部で14ページもあり、そのうちの3ページだそうです。
本庁への速報が抜かりなく行われていたとするならば、この文書を慌てて出す理由が見当たりません。内規で「即日発行のこと」とあるとはちょっと考えられません。大きな事故、事件に巻き込まれることもあり期日が切られることは現実的ではないからです。あったとしても、「遅滞なく速やかに」がせいぜいでしょう。
事務処理において一秒、一刻を争うことはまったくないのですから、それならば急いだ理由は何?とそちらに目が向かわざるを得ません。
以上の推察から、すくなくとも警察庁本庁自身の都合ではなかったと見るのが合理性があります。
となると県警本部の都合だったということになります。
あわてなくてはならない理由とは?
それは一分一秒を争う理由があったからではないか。
通常の事故現場なら、交通整理を適切に行いつつ、きっちり現場を保全し、現場検証を行うと想像されます。その段階では特段急ぐこともないですから関係者からじっくり事情聴取をし、実況見分調書も作成して、さらに必要があれば警察庁へ報告という手筈だろうと思います。
そこで急ぐ理由はありません。
高知県警が当日のうちに文書を出したいと思ったのは、事故状況を当日のうちに確定しておきたいと考えたからでないか。
ようするに何日も時間をかけられない、と。
事故から8か月後に検察でブレーキ痕らしき怪しげな写真を突き付けられ、押印を迫られました。関係者が仰天した写真です。翌日以降に教育長をはじめ少なくとも5人が現場をみているのにだれ一人として痕跡に気がつかず翌日にはきれいさっぱり痕跡が消えていたということになります。
これが急いだ理由ではなかったかと。
すなわち、翌日以降にはなにも残ってないですから、2日目、3日目にブレーキ痕があったという認識で現場を見られては、非常に、ひじょ~うに困るわけです。
ですから、あったという事実は秘中の秘にしておく必要があったわけです。お見事というべきか、地元マスコミがそろって写真と映像を封印しましたね。これは何度も取り上げ指摘してきました。
■ メディア各社は正しく伝えていたか 正確で公正な記事と責任ある論評 --> こちら
関係者が知ったのが8か月後というのも、そのころになれば「踏まれて自然と消えたんじゃないですか」と言い逃れができるからで、そこまで計算をしていたと見ています。
以上の考察で、警察としては3月3日にすべてが終わったこととしたかったし、そうせざるを得ない合理的な理由があったと考えています。3月4日とかそれ以後に蒸し返されたら「万事休すとなる、話が漏れないでくれ」と、8か月間ひそかに祈っていたであろう、と。
以上のことから現場の状況は運転手側には知られてはまずいことでしたが、同時に本庁にも知れてはまずいと初期の段階ではそのように動いていたと、この報告書を読んで思いました。
いつの時点で本庁が事故の真相らしきを察知したかは興味ある問題ですが、それは今後の責任問題に直結することになりますから追及しなければなりません。が、警察庁は少なくとも3月3日、そしてその直後はなにもわかっていなかったとみています。
「殉職」など用語の使いかた、さらに都合のいいところだけを摘んだ表現方法をみれば積極的に意図して作成していると読み取れますから、何も知らない本庁がこの文書を読んだところで真相がわかろうはずもないから、です。
■ 支援者さんのエントリー --> こちら の画像から文字を拾ったものです。
監察発第 38号
(交企、交指、交機)
平成18年3月3日
警察庁長官官房首席監察官
警察庁長官官房人事課長
音察庁長官官房総務課長
管察庁長官官房会計課長
警察庁長官官房給与厚生課長
警察庁交通局交通企画課長
警察庁交通局交通指導課長
四国管区警察局総務監察部長
警視庁(警務・交通)部長
各道府県警察(方面)本部長
殿
高知県警察本部長警察官の殉職事案の発生について(申(通)報)
~機動警ら中の白バイ警察官が車両と衝突して死亡~管下、土佐警察署管内において、機動警ら中の白バイ隊員が車両(大型バス)と衝突し
て死亡する事案が発生した。
その概要は下記のとおりであるので、申(通)報する。記
1 発生日時
平成18年3月3日(金)午後2時34分ころ
2 発生場所
高知県吾川郡春野町弘岡中987番地1号先交差点(国道56号線・上り車線)
片側2車線
天候 晴天 路面乾燥
3 殉職警察官
(1)人定等
高知県警察本部交通部交通機動隊 第一小隊第二分隊員
階 級 巡査長
氏 名 ■■■■■■■■■■■■
生年月日 ■■■■■■■■■■■■
採 用 ■■■■■■■■■
現階級 ■■■■■■■■■
現所属 ■■■■■■■■■
家族関係 ■■■■■■■■■■■■■■■■■
(2)死因等
平成18年3月3日■■■■■■■、収容先の■■■■■■病院(高知市)において死
亡確認。
死因:胸部大動脈損傷
(3)事故当時の服装等
交通機動隊 白バイ乗務員服(上下皮製) ヘルメット着用
ボディープロテクター着用 白バイ(ホンダ800CC)乗車中
4 相手方
(l)人定等
住所 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■
職業 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■
(2)運転車両等
大型乗用自動車(大型バス イスズ ガーラ 高知200は・・62)
乗車人員 仁淀川中学校教員・生徒25名
(3)負傷程度
なし
(4)身柄処置
平成18年3月3日(金)■■■■■■ 業務上過失致傷で現行犯逮捕
5 現場・道路の状況
(1)現場の位置
現場は、高知県高知市の西側に位置し、高知県庁から南西約8キロメートルの、国
道56号線上である。
(2)道路の状況
現場国道は、片側二車線道路であり、押しボタン信号機が設置された三叉路交差点
で、車線片側は 約6メートルで両側に歩道が設置されている。
(3)交通規制
交通規制は、速度50キロ、駐車禁止の交通規制である。
現場に設置されている信号機は、横断歩行者用の押しボタン式信号機で、国道は黄
色点滅信号で運用されている。
6 事案概要
(1)殉職警察官は、事故発生日の勤務は日勤勤務であり、午前中に引続き午後1時から
白バイによる交通機動取締り(高知市周辺部)に従事していた。
(2)前記日時において、国道56号線の上り車線(高知市方面)を白バイにより機動警
ら中、現場交差点の道路外(左方)のレストラン駐車場から出て右折横断中の大型バ
ス右前部と衝突したものである。
(3)殉職警察官は、救急車により高知市所在の■■■■■病院に収容されたが、3月3
日■■■■■■、胸部大動脈損傷により死亡したものである。
7 添付資料
現場見取り図
現場写真--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
別紙犯 罪 事 実 の 概 要
被疑者は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、平成18年3月
3月午後2時34分ごろ、大型乗用自動車(高知200は‥62号)を運転し、
高知県吾川郡春野町弘岡中987番地1先の路外施設(グローバルバイキング高
知春野店駐車場)から土佐市方面に向け、国道56号線に右折進入しようとした
が、この様な場合自動車運転者としては左右の安全を確認して交通事故の発生を
未然に防止すべき実務上の注意義務があるのにこれを怠り、右方の安全確認が不
十分なまま時速約5~10キロメートルで進行した過失により、折から右方道路
より直進進行してきた■■■■■■■■運転の自動二輪車(高知め8840号)
の発見が遅れ、同車前部に自車右前部を衝突し転倒させ、よって同人を顎骨折、
左足開放骨折等の傷害を負わせたものである。
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2009年5月20日
30件以上無罪を言い渡した ~高裁や最高裁で破棄されたことは一度もない~
検察にとって、手ごわい相手だったに違いない
おぉ、という内容です。
初めて聞く話でして、ねぼけまなこが「かっと」と開きました。
「高知白バイ事件」ではお馴染みの元裁判官・木谷明法政大法科大学院教授です。KSB瀬戸内海放送の取材にも登場されていますからご存知のお方も多いとおもいます。
歴史に「もしも」があったとして、もしあのとき木谷氏が高知白バイ事件を担当されていたとしたら、警察の所業に疑念を抱き、迷うことなく「無罪」を言い渡されていただろうと思っています。
有罪判事
無罪の想定をすることもなく有罪の判決文を書くことしか習ってこなかった、いわゆる「有罪判事」たちが拡大再生産されていることに、木谷氏が危機感をもって警鐘を鳴らしています。
奇しくもあす5月21日から裁判員制度がスタートします。が、この制度よりもなによりも、その前にやっておかなければならない根源的で重大な問題があり、それらがこの新制度によって覆いかぶされることがあってはならない、と懸念しています。
その一つがこれです。
全国の地方裁判所における刑事裁判の数は年間約10万件といわれています。 -->こちら その数字を元に、BBCが世界に伝えているニッポンの有罪率99.9%で単純計算をしてみると、年間1000件程度が無罪になっていることになります。この数字1000が大きいと思われるかもしれませんが、欧米では6~8割程度の有罪率しかありませんから、ニッポンのそれが異様に突出していることがわかります。99.9%の現実とは、起訴されたらもう諦めるしかないということでしょう。たとえやってなかったとしても・・・
中日新聞2009.5.20 クリックで原寸大 ↓![]() | 無罪30件余 元裁判官 ・・・・ 事件の真相を知るのは被告だけ。裁判官は、証拠を手掛かりに想像しているにすぎない。被告の言い分をなおざりにして裁判はできない。そう確信した木谷は、被告の言葉を真剣に聞く姿勢を貫いた。 ・・・・ 警察がそんなことをするのか。疑問を抱きながらも採尿の状況を調べた。すると、 ①採尿した部屋には他人の尿も置かれていた ②警察官が被告に背を向けて、尿を入れ替えるような動作をしていた--など、混入の疑いがぬぐえない状況が見えてきた。結局、尿の検査結果を証拠と認めず、無罪を言い渡した。 ・・・ ちなみに、 |
サンデープロジェクト シリーズ「言論は大丈夫か」⑪ 2008.4.13から引用 --> こちら
![]() | 最高裁調査官までやった木谷氏も表情は曇る 元最高裁調査官 木谷明氏 |
![]() | ”有罪判事”のもとで研修すると似たような考え方になる |
![]() | 有罪判事ってのがいっぱいいるわけですよね そういう判事のところで実務経験をしますとね そういうような考え方になっていってしまう だんだんだんだん有罪判事の方が拡大再生産されてしまうという問題はあるんですね |
秋山賢三著「裁判官はなぜ誤るのか」の中に、元最高裁調査官の木谷明氏のコメントが載っています。それが「片岡晴彦さんを支援する会」が提出した『最高裁への要請書』の中でも引用されています。
秋山賢三著「裁判官はなぜ誤るのか」が引用されている「最高裁への要請書」
捜査機関の違法行為は、裁判所が指摘しなければ、他にこれを明らかにする者はいない。私(木谷)は、捜査機関の違法を指摘するのは裁判所の最も重要な責務の一つであると信じていたから、どんなに苦しくてもこの問題から逃げることはしなかった

秋山賢三著「裁判官はなぜ誤るのか」

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2009年5月15日
きょう開廷 ~高知白バイ事件 国家賠償請求訴訟・民事裁判~
お知らせです。
■ 支援者さんのエントリー --> こちら
まるっと引用させていただきます。
高知白バイ事件国賠訴訟
整理券配布 14:00頃から14;45分まで
開 廷 15:00より
いよいよ 明日から片岡さん夫婦が県警や現場警官や科捜研技官、そして 事故を目撃し実刑の決め手となる証言をした白バイ隊員を相手に1000万円の損害賠償を求めた国賠訴訟が始まります。
他県の支援者さんが高知地裁に問い合わせをしてくれました。
高知地裁によると、明日は多数の傍聴が見込まれるので、14時くらいから整理券を配布する予定だそうです。14時45分までに整理券を入手しないと抽選を受けられないので、傍聴は不可能となります。
当日の法廷は、わかりません。当日、張り出すそうです。また 定員36名の小さな法廷だそうで、マスコミは優先されていますので一般傍聴席は25,6席くらいです。(見れないなら・・やめようか。なんてくれぐれも考えないでないでくださいよ。是非とも地裁へおいで下さい。お願いします)
今夕 地元TV局が明日の国賠訴訟の件を周知してくれてました。 結構地元マスコミも関心を持っています。テレビカメラも法廷に入ります(開廷前)
蛇足
嫌な予感がしているんですが・・明日の法廷が最初で最後かもしれません。「入口論」でもめるとそうなるかもしれません。 抽選が予想されるなら、大きな部屋を用意してくれればいいんですけど、一杯なのでしょう。
← よろしくお願いします















































その後、証人やマスコミや協力者が現れてくる。
こうなると、状況はガラリと変わる。
その後はこのブログにあるとおりです。
・・・・・・・
・・・・・・・
2008/3/13(木) 午後 2:46 [ littlemonky737 ]
となると、あるところでゴソゴソやっていたことが想定されるので時効の起算日が争点になり得るでしょう。
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2009年2月 2日
何イイカゲンな罪の擦り付けやってるんだ?! ~検察審査会の議決~
検察審査会の議決がでて4日目です。休日もあり実質2日ですが、大きな石を放り投げてくれたと、驚きとともに嬉しい気持ちが同時に起きました。
所詮石ですので巨大権力組織の前には無力です。法的にも歯が立ちません。
が、法を超えたところで大きな波紋となって人々の心を揺さぶったのではないかと、そんな思いです。
■ 高知検察審査会の議決、全文 --> こちら
■ 高知検察審査会の議決、全文 PDF版 --> こちら
検察審査会(定員11人)というのは過半数があれば議決できるとあり、3分の2以上の多数になればより強い意志だとみなされています。こんどの議決では「不起訴処分は不当である」ということですので、人数的には3分の2には達しなかったが過半数はあったということと読み替えられるので、賛成された審査員が6人もしくは7人であったと推定されます。
審査の申立てをしたのが2008年9月だということで、4か月で議決が出た計算になります。(2008.9.16高知地検より不起訴処分理由通知書が届く)
審査員の任期は6ヵ月ですが、半数が3ヵ月で入れ替わっているとウィキペディアで説明されています。で、その任期を図で書いてみるとぬぬっ?というような構図が浮かび上がってきます。
ポイントは審査員の交代時期になります。議決を出す以上十分に議論されて、全員の意見が合理的に反映するように議決の次期が決まっているのだろうか、という疑問がでてきます。
申し立てをする人にとって審査員の交代時期は与かり知らぬことであり、審査員が完全に重なる3か月の間に申し立てが行われ、その間で議決がされるなら全員の意見が反映されているとみなしてOKだとおもいますが、下図のように
議決までの期間が3か月を超えることもあり、その場合はどのように合理的な調整がされているのか気になります。
またもうひとつの疑問ですが、
検察審査会の中ではどのように具体的なやりとりで審査をしているのか、どのように誰が音頭を取っているのか、その中に地裁の係官が入るのか入らないのか、どの段階でどのように関わっているのか、・・・などなど、その実態がほとんど知られていないようです。生涯、秘密を守る義務が課せられていることもあり、その中身が気になります。
なんでこんなことを思ったかといえば、議決の趣旨は審査員が考えたはずでしょうが、こまかい文言の言い回しなど一切を審査員だけで書いたのだろうか疑問に思ったわけです。すべてが審査員だけで運営されているなら心配することもないのですが・・・・。
下図では※審査員の入れ替え時期を毎年4月、7月、10月、1月と仮定して作図しています。
審査申立は2008年9月〇〇日、議決は2009.1.21(文書作成1.28)です。
・・・ 審査員の交代時期により審査の連携が希薄になる心配はないか? ・・・

ちなみに「不起訴不当」の意味は検察官の「不起訴」の判断には疑いがあるということのようです。8人以上の場合は「起訴相当」、検察官は起訴すべきであると解されているとのことです。
高知白バイ事件で、高知検察審査会が「不起訴不当」の議決を出したということは6人だったか7人だったかは不明ですが、いずれにしても「ちゃんと捜査してきちんと起訴して、裁判に乗せてっ!」ということであり、その判断はとてもとても重いはずです。
おおごとになってしまった高知白バイ事件です。ウヤムヤにすることなど、もはや不可能です。
担当する検察官のキャリアなどは不明ですが、相手は25万、最強の巨大組織です。
全国の人々が固唾をのんで検察官の行動をみつめています。
秋霜烈日
(しゅうそうれつじつ)のバッジに恥じることなく、厳しい自己抑制の理念のもと、職務の公正さを保証するべく、凛とした姿勢で捜査にあたっていただきたいものです。 ちなみに秋霜烈日のバッジは「秋に降りる霜と夏の激しい日差しを組み合わせた形に似ている」という意味があるとのことです。
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2009年2月 1日
「地球はまわっている。3日もたてば証拠もなくなる!」
20分で消える花?
多くの人の知恵と情報で「高知白バイ事件」のサポートがされているのだと理解しています。盛んな書き込みが続いている掲示板に1996年8月大分県佐伯市での交通事故に疑惑があるという報道を紹介しています。
私も初めて知る報道です。警察がネガまでいじっている事件が過去にありましたが、この事案では写真を手始めに様々な疑惑があるようです。初めてこの手の報道を見られる人にとっては俄かには信じられない話かもしれません。
が、・・・・
本当にそんなことがあったのだろうかと疑問が湧き、調べてみたいと思われたら現在進行形の「高知白バイ事件」を徹底的にご自分の目で確認されることをお薦めします。
なんせ情報は新鮮ですし、膨大な量の情報が公開されていますから、意欲があれば次々とオカシナことに気がつき、事件の核心に迫っていけると思います。
私はたまたま「高知白バイ事件」を見てきた経験でこの大分県警の事案を見ていますので、「おんなじをことやってる」と、特に驚きもないというのが率直な感想ですが、いろんな示唆を与えてくれる報道だと思います。
「高知白バイ事件」を支援しているさまざな人たちにとっても一度はチェックしておきたいと思いまして、ご紹介します。
■ 第2回 スクープスペシャル --> こちら
ザ・スクープ2003年2月2日
・・・ 「告発!大分県警調書改ざん疑惑」 ・・・
14時29分・・・花が咲いている
14時51分・・・花が消えてる!?
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2009年1月31日
まずは外堀を埋めてゆく
スクールバス運転手 VS 警察・司法⇒ 国民 VS 警察・司法相手がなんであろうが攻略するにはその相手を知ることから始めるのが常道でしょう。
交通事故がとんだ刑事事件に変質してしまい、おおごとになってしまいました。「えらいことになった、大変だ」と思ってるほうはもちろん権力側にいる警察権、司法権を振り回している御仁たちです。政権を担当している自民党と公明党の議員も同類、同罪ですね。
世間とは乖離した魑魅魍魎ワールドの中で関連法はおろか憲法の精神すら無視もしくはないがしろにすることに躊躇することもなく、平然とやってしまうその神経に怖れおののくことになりました。
そういう傍若無人のものたちを理解しろと言われてもなかなか掴みきれないところがあります。どうでてくるか予想もつかず、逆にそれを悪用して威圧しようとする面があることも見逃せません。
そんなものたちでもこれまでの実際の事件をいろいろ調べていくと、おぼろげながら彼らの日常が見えてきます。知れば知るほどに唖然としますが、それが現実なのですからそこからスタートするしかありません。
「正義」とか「良心」とかという言葉がでてくるのですが、そんなのとは無縁といったら言い過ぎかもしれませんが、絵空事であることに異論はないでしょう。
行政を担う者たちが法律に抵触することを承知でやってしまうというのは論外ですが、もしもやってしまったものがでてきたら、法に則り厳しい処分をするのが当たり前です。その責任を果たせるのは組織の長です。その責任者には高い見識が必要であり、そして知恵が欠かせないです。が、高知白バイ事件では何人もいたはずの組織の長の誰もが職務を果たさず、ニッポンの警察・司法の醜態さをあからさまに曝け出すことになりました。
「ヤバイぞ」「やめとけ」と制止させるチャンスはいくらでもありました。土佐署でも、県警内部でも、検察でも、裁判所でもそれぞれの部署、場面で軌道修正させることはできたはずだ、と。
しかし、現実に起きたことと言えば、まとわりついてくるものをすべて蹴散らして一気通貫で最高裁まで駆け上がり、所期のストーリーを完結させました。
「そこまでやるかっ!」と、いうほかありませんでした。
そうなるにはそれなりに理由があるだろうと思います。
どういう力関係が日常を支配しているのか部外者にはなかなかわかりません。が、この事件を通して見えてくる風景はおおよそこんなもんではないかと想像しています。一つの見方です。
警察 > 検察 > 裁判所
これは仕事の流れを表しています。が、これら不等号はそのまま力関係も物語っているとみたら穿ちすぎでしょうか。
気の利いた知恵者が一人でもいたらこんなにおおごとにならずに済んだと思います。もう手のつけようもないほどに朽ちてしまっているかもしれません。いずれにしても、その認識でこの問題を考えていかないと国民はハッピーになれないと思っています。
それを共有した上で、どんなに非力な国民でも手に持っている小さな石ころを魑魅魍魎ワールドの外堀に投げ込むことはでき、みんなが投げ終わったころには外堀が完全に埋まり、その中の住民たちを世間の前に引きずりだすことができる、と。
・・・・・・
突っ込み処満載なので、まだまだこの話はつづいていきます。
投稿者 hal : 05:47 | コメント (4) | トラックバック
2009年1月30日
「全国民の厳しい目」分かっとるねwww 高知検察審査会の議決
検察庁が、
① 自分で問題を抱え込んでシラを切り通すか、② 想定されている作戦にナリフリ構わず打って出てくるか、③ それなりのフリをするか、④ それとも覚悟をきめて、トカゲの尻尾を切る決断をするのか・・・
結果的にどれになるかは予断を許しません。が、これまで知らん振りを通していたテレビ・新聞がこの事件を報道することにでもなれば、状況が変わってくるでしょう。
なんといっても国民がいかにワァ~ワァ~と騒ぐかだと思います。
巨大掲示板は昨夜から未明にかけて活発に動いています。
究極の爆弾を出さなくとも、ここの書き込みにあるように地裁・高裁で無視され、門前払いされた証拠・証言だけで十分だと思いますね。
投稿者 hal : 10:00 | コメント (0) | トラックバック
捜査やり直しを求める議決をした 高知検察審査会
久々さのグッドニュースです。
■ 支援者さんのエントリー --> こちら こちらも
■ kochiudonさんでNHKニュース --> こちら
検察審査会がまっとうな議決をしたのは当然としても、問題は前科がある検察がどうするか。

覚悟を決めているのか、それともふりをするだけか・・・
ここはあらゆるチャンネルから声を上げるときです。
NHK高知のニュース2009年1月29日 21時30分更新
・・・ 検察審査会は捜査をやり直すよう求める議決をしました ・・・
続いて、朝日新聞も報じてます。

asahi.com 2009年01月30日
・・・ 春野の白バイ死亡事故 不起訴不当 ・・・
2009年1月28日
怒られてるやついるんじゃないだろうか ~掲示板の日常~
自然な流れだったのでピックアップしておきます。高知白バイ事件ではこういった警察庁にとっても鬱陶しい板は他にもありますが、いずれにしても人々の評価はすでに定まっているのでどこでもこんなやりとりが普通に行われています。
すると、関係者か工作員なのか?
火消しの任を負ってしゃしゃり出てくるのですが、なんせ論理もへったれもなく、デタラメを書き散らすいつものパターンなので、すぐに叩かれます。事前に詳しく調べるとか、状況を自分の頭で理解するとか、なんかやりようがあると思うのですが、そういうことには一向にオカマイなしです。
KSB瀬戸内海放送の記者さんは、「生徒たちの“まっすぐな眼差しがあった」から徹底取材することになり、その過程で確信に至ったと述べられていますが、下の書き込みからも地元に関わりがある人でないと書けない描写で、生徒や地元の様子が生き生きと伝わってきます。
白バイ隊員衝突死で高知県警がブレーキ痕を捏造
白バイ隊員衝突死で高知県警がブレーキ痕を捏造
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2009年1月26日
国民は無知ではない、彼らはもう少し知った方がいい 高知白バイ事件
きのうのテレビ朝日『報道発 ドキュメンタリ宣言 総集編』はテレビを見るために、「俺ら東京さ行くだ」と出かけるしかなかったようで、関東エリア内の放送だったとのことでした。お騒がせしました。
で、お詫びと言ったらなんですが、その放送についての『ご意見ご感想』のページをご紹介します。ただいまそのページが有効になってまして、新規投稿と閲覧が可能です。これは時間が経過すると閉じるようです。
2008.12.1放送分「なぜ私が収監されるのか ~高知白バイ事故の真相~」と、昨日2009.1.25の放送分についての新規投稿・閲覧がOKです。
■ 『ご意見ご感想』のページ --> こちら
どの投稿も率直な感想で、良質な意見がいっぱいです。詳しくは上のリンク先を開いていただくとして、ここではその中からいくつかを引用します。
テレビを見逃された人もいるでしょうし、またテレビを見た人の中でももっと知りたいというお方もいらっしゃるとおもいます。これまでずっと取材を続けているKSB瀬戸内海放送のビデオがホームページに公開されていますのでご紹介します。 テレビ朝日の公式サイトと合わせてぜひご覧ください。
テレビ朝日の公式サイトには「KSB瀬戸内海放送のビデオ」にも出てきてない話が載っています。
■ --> こちら
ポイントは2つあります。
1.お知らせ欄の中で「片岡さんを業務上過失致死と認定するには合理的疑いが残ると確信」
2.編集後記本文の中で「・・私を取材へと突き動かしたのは、事故当時バスに乗っていた生徒たちの“まっすぐな眼差し”でした。」
■ KSB瀬戸内海放送のホームページにはビデオが公開されている シリーズ「高知白バイ衝突死」 --> こちら
(直リンでご無礼します)
※「報道発 ドキュメンタリ宣言」のリンク先。

【警察犯罪】「なぜ私が収監されるのか ~高知白バイ事故の真相・封印された無実の証拠~」
この国は道を誤った。2008年12月1日 ↓
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2009年1月25日
報道発 ドキュメンタリ宣言 総集編
番組のお知らせです。
きょう1/25(日)15:30~からです。
で、さっそく録画しようとウィンドウを開いてもその番組が見当たりません。おや?と思い、新聞を広げても載ってません。一応系列局なので聞いてみようと電話するも、きょうは日曜なので留守番電話です。アチャ~
どうやらここの田舎ではやらないようです。
■ 支援者さんのエントリー --> こちら

「テレビ朝日|番組表」から抜粋
報道発 ドキュメンタリ宣言 総集編 1/25(日)15:30~2時間
懸命に生きる「人間」の姿を通して、今という時代、そしてニュースの真相に迫る「報道発ドキュメンタリ宣言」。東尋坊の命の番人、”ライフル魔”と言われた金嬉老の数奇な運命、高知白バイ事故で収監された男性の無実の叫びなど珠玉の人間ドラマを振り返る。
http://www.tv-asahi.co.jp/bangumi/
■ --> こちら
同じビデオが分割されてYoutube にアップされています。まとまった時間が取りにくいお方に便利かも。
■ (1/5) なぜ私が刑務所に 高知白バイ事故の真相 --> こちら
■ (2/5) なぜ私が刑務所に 高知白バイ事故の真相 --> こちら
■ (3/5) なぜ私が刑務所に 高知白バイ事故の真相 --> こちら
■ (4/5) なぜ私が刑務所に 高知白バイ事故の真相 --> こちら
■ (5/5) なぜ私が刑務所に 高知白バイ事故の真相 --> こちら
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2009年1月23日
高知白バイ事件が市のホームページに載っている 阿久根市市長の所信表明
阿久根市役所のホームページに録音ファイルと共に竹原信一阿久根市市長の所信表明が掲載されています。
おおっ!という内容です。
※※ 市長が変われば消えてしまうページかと思いますので、取り急ぎお知らせします。
■ 就任のあいさつ --> こちら
■ 所信表明(動画) --> こちら
で、私も聞きましたが、阿久根市市長のご理解に特段なにか間違いがあるわけでもなく、大胆な表現ではありますが事実を述べられているだけでなので、なんら問題ありませんね。
その所信表明の最後のほうで「・・・阿久根市役所にこのまね事をさせるつもりはありません。」と、少なくとも阿久根市管内では警察組織ぐるみで証拠のねつ造によって無実の人が刑に服することはさせないよと強い決意が表れています。
どこからか、拍手が聞こえてきそうですね。パチパチ・・・、と。
詳しくはホームページをご覧いただくとして、市長ご自身の主張であるとしてもそれを市民が聞き、市民各位がそれぞれの立場で考え、そして判断できる機会が与えられているという意味において、「どこぞの県とは大違いだ」と率直に思います。事件を追及しようとする質問者である議員の発言を県議会の議事録から削除するという暴挙に出たどこぞの県とは大違いです。--> こちら
・・・ 高知白バイ事件を言及 阿久根市市長の所信表明 ・・・

恥ずかしながら私めの記憶を辿っても出てこない鹿児島県阿久根市です。ご紹介させていただきます。

■ 市役所のマップ --> こちら
・・・ 鹿児島県阿久根市のGoogleマップ ↓ ・・・
※※ ちなみに、「らくちんランプ」さんちのエントリーで「阿久根市長が告発されている」という記事を読み、市のホームページをめくってたまたま見つけたものです。
告発の件については「らくちんランプ」さんちのエントリーをご紹介します。
■ --> こちら
投稿者 hal : 13:25 | コメント (8) | トラックバック
2009年1月16日
倒錯した論理、詭弁を弄する裁判官 国民が不幸になるだけ
警察・司法制度が堕ちるところまでおちてしまいました。
警察官がつくった調書は頭から疑ってかからないといけないし、検察官は有罪にすることしか頭になく自分に不利な証拠は知らぬ顔で起訴するので油断もすきもあったものではありません。
検察官にきっちり仕事をさせなきゃいけないのが裁判官の役目なのに力関係で負け、検察のゆうがまま、倒錯した論理を振り回し、詭弁を弄することしか彼らの生きる道はなく、世も末といった司法の状況です。
これがボケたオヤジの戯言であってくれたら救われるのですが、高知白バイ事件でまざまざと見せつけてくれました。
こんな手がつけられない状況なのに、いま裁判員制度に突入しようとしています。
ここでは警察の云々はちょっと置いとくとしても、検察・裁判所の現状から目を背くことはできないはずです。
というのは司法がそれぞれの職場で、法の精神どおりきちんと仕事をすればどんなにいい加減なことを警察がしてもそれが見抜かれて弾くことができ、いわれのない罪を着せられる不幸な結果になることを防げる、と思うからです。
司法が著しく劣化 そして崩壊へと進んだ
いまの司法の現状を伏せ、棚上げにしたまま裁判員制度に突入することは、将来に禍根を残す
国民にこの新制度を押しつけることは、あまりに無責任にすぎる
国民を不幸にするだけだ
さまざな問題が表面化する
すでに指摘されているように、
● 職業裁判官の責任の半分を裁判員に押し付け
● 裁判員の身分を保障するでもなく
● 生涯その秘密を口外させず(罰則付き)
● 裁判官のように数年で官舎を転々と変わり、姿をくらますこともできず
● その結果、定住している住所が突き止められ報復にあう潜在的危険が常にあり
● わずか日当1万円×3日=3万円と引き換えに
死ぬまで責任、リスク、そして精神的ストレスを負わせる続けることは、余りに理不尽な制度であります。
さらに、事前に裁判官らがやる公判前整理手続には裁判員は一切タッチさせず、そのため裁判官らは事件を完全に理解しているにもかかわらず、しかし裁判員は蚊帳の外におかれているのでどういう経緯で整理されシナリオがつくられたのかも全く分かりません。
当日になり目の前に積まれた分厚い資料を突き付けられ、「有罪ですか、無罪ですか。無期懲役ですか、死刑ですか、どう思いますか」と迫られても、そりゃお手上げというものです。
公判前整理手続というのはこれまでなかった制度で、裁判員制度がスタートすることを前提に新設されたものです。裁判官、検察官、弁護人が顔を突き合わせて初公判前に「非公開で話し合い」をして証拠や争点を絞り込んで審理のストーリーを作るのですが、これで裁判の流れも大方決まってしまいます。
裁判員が集まったところで、裁判長から事件の概要説明はありますが、裁判長がゆっているすべてが果たして真実かどうかは裁判員に判断のしようがありません。ヘタをすればその説明が誘導になり、わき目もふらず有罪まっしぐらという展開も十分に考えられます。どう考えても時間が短すぎます。多くて3日では話になりません。
仮に書類のなかで不審な点に気づき、裁判員が現地調査などを要求したときそれが受け入れられるでしょうか。
そんなことは想定してないはずです。たった3日ほどしかないのに、事件が蒸し返されたらスケジュールが狂ってしまい都合が悪くなるからです。
「俺達が作ったシナリオに従ってればいいんだ」と一喝されてお終い。そんな場面が見えます。
これから殺人事件など重大な事件だけを扱うことになります。
それゆえ裁判員が公判前整理手続の時点から裁判官らと同じ行動をとることで、やっと自分でも判断ができ、そして意見がゆえる同じ立場に立てるわけです。
それが100%欠落した制度にどんな合理性があるというのでしょうか。
刑事裁判の有罪率は99.9%です。これが今後も変わることはないでしょう。なぜなら検察のメンツがかかっているからです。たとえ裁判員制度が始まろうとも、このメンツを守りたいと必死に動くはずですから、99.9%は不動だと見ています。
となると裁判員制度が始まったらどうなるか。
99.9%というのは、仮に1000件あってもたった1件しか無罪にならないのがニッポンの刑事裁判です。すなわち起訴されたらもう諦めるしかないのが実態です。どんなに無罪を主張しようが、どんな科学的証拠をだそうが、どんなにもがこうとも起訴されたらお終いということです。
その1000件のなかには表にでてない冤罪事件が多数含まれているはずです。一部もしくは多くの部分で事実誤認があったままの判決が多数あったはずです。英国、米国の実績から類推しても数百はあってもおかしくないと思えます。米国:約73%、英国:約50%(否認事件)
そんなことにかまわず999件は確実に有罪にされています。これがニッポンの現実です。
そこには「推定無罪」の刑事裁判の大原則は影も形もありません。
あれほど最高裁が言いつづけ、学生にも教え、ご丁寧にホームページにも掲げているのに現場ではまったく無視されています。真逆の「推定有罪」がまかり通っています。
最高裁は下のページを臆面もなく掲げています。これで4回目となり、かなりくどいとは思いますが、こういうことはなんべんも言い続けるのがいいと思うのでまたまた鬱陶しいスナップショットを貼っておきます。
ゆってることと、やってることがこれほど真反対に乖離していると、恥ずかしいやら呆れるやら。最高裁自身、そして下級裁判所のすべての現場とあまりにかけ離れた「能書き」です。 --> こちら
・・・ 「疑わしきは罰せず」の原則のはずだが ・・・

この最高裁の能書きが唯のお念仏になっている
実際の裁判の現場では「疑わしきを罰する」が常習のごとく行われている
「疑わしきは罰する」と、
このページを書き換えないと有罪率99.9%の現実を説明できないっ!
警察・検察のメンツを立てるには有罪にするほかないのでしょう。
新人研修所では有罪の判決文を書くことしか習わないといわれ、その後の裁判所での実地研修でも有罪判事のもとでは「有罪」しか書かないのでますます有罪判事が再生産されている実態があるといわれています。99.9%、その数字が如実に語っています。
これから殺人などの重大事件に裁判員が取り込まれます。それら事件でも事実誤認の部分が必ず含まれているとみて間違いはないでしょう。うず高く積まれた資料のなかから事実誤認をどうやって見つけ出すんでしょうか
たった3日しかありません。
それはもう絶望的です。
裁判員が関わった重大事件で、無期懲役、または死刑の判決が下されるケースがでてきます。裁判員6人のうち2人が裁判長の誘導で取り込まれたら3+2=5の過半数となり結審です。もともとそこには無罪のストーリーはありません。99.9%の有罪率が支配しているからです。
もし、あとで冤罪だと判明したときに、裁判員だった人のその後が心配になってきます。
だれにもいえず、一人胸の奥にしまい込み、そのストレスに耐えながら余生を全うすることになります。
そこまでしなければならないという義務がほんとうにあるでしょうか。名もない一国民に・・・
そもそもそれに耐えられるでものでしょうか。
憲法の精神に反することではないでしょうか。
どんなに最先端の科学的新証拠を提出しても無視しようと思えばできてしまう、これがニッポンの司法の現場です。
話にもなりませんが、しかしこのレベルから考えていかないと、先には進めません。
で、再審請求の話です。
「高知白バイ事件」にも直接かかわることなので、少しばかり考えてみたいと思います。
裁判手続きという専門的な部分もクリアしなければならず、同時に新証拠が科学的かつ合理性があるのかどうかということも合わせて考えなければならないと思います。
それを考える上で1961年、5人が殺害された名張毒ブドウ酒事件が一つの題材になると思い取り上げてみます。事件の種類もまったく異なるのですが、すでに再審請求を6回行い、7回目で最先端の分析機器で解析した結果を新証拠として提出するのですが、それすら却下する裁判所とはいったいなんだろうか!?
この無気味なものをどう理解し、どう対処したらいいのでしょうか。
実は「名張毒ブドウ酒事件」は近県で起きたことでもあり地元新聞もテレビも大々的に報道しています。古過ぎて残ってないだろうと思われていた農薬ニッカリンTも見つかりそれを最新鋭の分析器で調べて新証拠として提出したのに、です。
■ 中日新聞(平成18年12月27日)の記事 --> こちら
「高知白バイ事件」の地裁、高裁でもこの2年前の名古屋高裁の決定と同じ構図ではないでしょうか。この毒ブドウ酒事件はマスコミがよく報道して知られた事件であってもこのありさまです。
高知白バイ事件の再審請求では、新証拠が提出され、まずは扉が開いて再審が開始されることを願ってやみません。
できればその前に、政治状況が変わって、国会の法務委員会、予算委員会を最大限に活用して勝手な論理が許されてきた組織を揺さぶり、ほぐしておくことぐらいはできそうなので、参考人・証人招致をビシバシやり、糸口を解くことができるのを願っています。いずれにしても長期政権が禍しているのは明らかであり、新政権の誕生を待つしか根本的な手はないと考えます。
が、最高裁にしても初代長官のときはそれなりに機能していたがその後はどんどん変節していってしまったという話もあり、根が深いだけに前途多難であるのは素人でも想像できます。
■ 最高裁にもまともな時期があった? --> こちら
でもそんなことをゆっていられる時期はとっくに過ぎています。前進あるのみ、ですね。
「高知白バイ事件」は冤罪というより、証拠・証言ねつ造の犯罪事件といった方がピッタリしています。杜撰な捜査の結果が冤罪であったならば、捜査機関が故意にやったという事実もでてくることはないでしょうし、謝罪と責任が明らかにされればひょっとしてそれなりに理解されるかもしれません。
が、それがある明確な意図をもって仕掛けられたものだったら、それはあるまじき行為であり言語道断、容赦なく糾弾されなければなりません。
毒ブドウ酒・・・・トリエチルピロリン酸は検出されなかった(当時の鑑定では)
結局、「水と混ざって消えた」
47年前(1961年)5人が殺害された「名張毒ブドウ酒事件」
無実を訴える奥西死刑囚は6回再審請求したが棄却
ところが6年前(2002年)、凶器について決定的な新証拠が見つかった
自白では凶器はニッカリンTという農薬でブドウ酒に混ぜたとされる
ニッカリンTにはトリエチルピロリン酸という成分があり
実はこれはブドウ酒からは見つからなかったため、当時鑑定で「水と混ざって分解した」とされた
ここになにか隠された問題があるんじゃないというふうにおもったんです (野嶋真人弁護士)
弁護団は30年以上も前に製造が中止されたニッカリンTを一年以上かけて探し出し最新機器で分析
すると
トリエチルピロリン酸は水と混ざってもほとんど分解されず残ることがわかった
つまり毒ブドウ酒にはトリエチルピロリン酸がなかったことは
36年間凶器とされたものが凶器ではなかった
2006年9月名古屋高裁
ところが・・・
門野博裁判長は新たに鑑定することもなくトリエチルピロリン酸は水で分解されるという40年前の資料を根拠に「毒物がニッカリンTだった可能性もある」と結論付け再審開始決定を取り消したのだ
弁護団に協力した専門家も呆れる
弁護団の方はですね、何年もかかってほんとに地道に科学的な検証を積み上げて証拠として提出してものであると
ところが判決文には科学的な根拠は乏しい
なお、再審請求について、サンプロのビデオが参考になると思い、そこの一部から抽出してページをアップしました。
テレビ朝日・サンデープロジェクト シリーズ「言論は大丈夫か」⑪ 2008.4.13 より、
『本当に「推定無罪」か -閉じられる再審の扉-』から抜粋したページをアップ
■ 「再審の扉が開かない」 --> こちら
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2009年1月15日
‐決意表明‐ 「報道発 ドキュメンタリ宣言」 瀬戸内海放送・テレビ朝日
ちょっと大袈裟かもしれませんが、私にはそう聞こえます。
山下氏を全面的にサポートし、KSB瀬戸内海放送が会社としてこの事件に取り組んでいくんだ、という強いメッセージと受けとめています。
確信に至った経緯が「お知らせ」と「編集後記」で述べられています。そのことを我々のような部外者が知るのはおそらく初めてのことではないでしょうか。
最近になってそうなった、というのではもちろんありません。取材を始められたのが1年3か月前だそうです。
取材を始めた初期の段階では社内でもいろいろあったのだろうと推察しています。どこの会社でもあることです。
さらに取材を進めていくうちに確信にいたり、上層部を説得し、それを聞き入れた会社も天晴れだと思いますがOKをだした・・・そんな経緯があったのではないかとこれまでの放送分を振り返ってみてそう思います。
警察におもねることしか知らないそこいらのマスゴミなら「ためにならん、やめとけ」の一声で終わっていたのだろう、と。
私も初めて聞く話しがテレビ朝日の公式サイトに載っています。
片岡さんのブログに jbh*2*47 さんがコメントされてます。 --> こちら
「なぜ私が収監されるのか ~高知白バイ事故の真相~」
KSB瀬戸内海放送とテレビ朝日が総力を挙げて制作した作品です。これまでのKSBの報道っぷりをみて、社内ではどんな紆余曲折があって、そして今があるのだろうかと私なりに想像たくましくしているところです。
顧客を説得するより社内を説得するほうがはるかに難しいというのは私の経験から思うことですが、KSBの上層部もよくぞ報道を続けると決断したものだと改めて感服しています。ローカル局といっては大変に失礼なことですが、こじんまりとした放送局が国家権力と対峙していくことになるのに躊躇しない経営者はいないだろうと思います。
警察がしっかり絡んでいて、しかも当事者が証拠のねつ造・偽証証言をやったとなれば、それを知った時点で俗にいうマスゴミ各紙各局は記者クラブから放り出されるのが怖くてさっと身を引いてしまうのがニッポンの常識なんでしょう、おそらく。
ところが、KSB瀬戸内海放送はそんな腰抜けどもとは一線を画していました。見上げたジャーナリズム精神で果敢に食い込んで取材を深めていきました。その集大成がホームページにアップされています。連続14弾です。立派なものです。
■ KSB瀬戸内海放送のホームページ シリーズ「高知白バイ衝突死」 --> こちら
(直リンでご無礼します)
こちらが「報道発 ドキュメンタリ宣言」のテレビ朝日公式サイトです。こちらにお話が載っています。涙腺が緩いせいかうるうるしてしまいます。

・・・ 「なぜ私が収監されるのか ~高知白バイ事故の真相~」 ・・・ リンク先 ↓
■ 2008年12月1日 「報道発 ドキュメンタリ宣言」を見逃したお方へ・・・
下記リンク先でご覧いただけます。見えなくなることもあり、お早いうちに
なお、このビデオにはでてこないことがKSB瀬戸内海放送にアップされている14本のビデオに満載ですので、是非そちらもご覧になることをお薦めします。リンクさきはこのページの中ほどでご案内しています。
「報道発 ドキュメンタリ宣言」のリンク先は以下です。

【警察犯罪】「なぜ私が収監されるのか ~高知白バイ事故の真相・封印された無実の証拠~」
この国は道を誤った。2008年12月1日 ↓
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2009年1月10日
三者がなれ合えば法の正義は失われる 司法制度に巣くう病巣
20091.11 タイトルを変え一部加筆しました。が、加筆以外は内容は変わっていません。
・・・ 特捜検察の闇 ・・・
税込価格: ¥1,500 (本体 : ¥1,429)
出版 : 文芸春秋
サイズ : 20cm / 247p
ISBN : 4-16-357440-9
発行年月 : 2001.5
読むことになったきっかけは、ズバリ「高知白バイ事件」です。もちろんそれ以前から冤罪事件が多発している状況のなかで検察がやるべきことを愚直にやっていれば真犯人を取り逃がすこともなく、いわれのない罪を無実の人に被せることはなかったという事例が多くあったのも背景にあります。
司法制度の中で検察が起訴しなければ、すなわち動かなければ裁判すら始まらないという重要な任務を負っている者たちがちゃんと仕事をしているのだろうかということを実例で確認しておきたかったからです。
・・・ 変容する司法 特捜検察の闇 ・・・

高知白バイ事件を知ることになって、いったいいつの時代までさかのぼらないとその実態が見えてこないだろうかと調べていくとそれこそ戦前まで一気に飛んで行ってしまいます。
法律が変えられ制度の変遷があるにせ、いつからおかしくなってしまったのかと調べていってもなかなかそれが見えてこないのです。高知白バイ事件は稀に見る極悪非道な事件になってしまいましたが、それでもいきなり警察・司法が豹変したということもなさそうです。そうだとしたら変遷の過程でも特に大きく変わった節目があるだろうとこの「特捜検察の闇」を読んでみようと思ったわけです。
その節目の一つが、1994年6月に経済同友会が発表した「現代日本社会の病理と処方」と題する文書だったといわれているということを指摘しています。経済同友会と司法制度がどう関係あるのかと不思議に思われるかもしれませんが
密接に関係していたという指摘は的を得ていると思えます。経済界が「俺達の自由にやらせよ。問題がおきるだろうからその時は裁判でやればいい。理屈をつけていえば、それは事後チェック・事後救済型社会、つまり「市場型社会」にしたい。そのために司法の人員を増やせ!」と、まぁ、意訳すればこんな思惑だったのだろうと推察できます。それに呼応して1997年、自民党の保岡興治らが自民党司法制度特別調査会を立ち上げ、その流れに最高裁や日弁連が加わり1999年年7月、司法制度改革審議会が設置されました。ようは経済界と自民党が結託して司法改革と称した企てだったわけです。自由にやらした結末がいまひとつの問題として噴出していて、「派遣をやめよ!」と国会でも大問題になっています。
裁判員制度もその一環ででてきましたが、始まるまえから大問題になると指摘されていて、それが現実の問題になるのも間近です。
一部の利益だけを通そうとした挙句の大失態だったということですが、かならずしも派遣問題だけではなく、郵政民営化、年金・医療・・・などどれも本質は同じです。社会を健全に維持していくには広く眼を配らないといけないという誰にでもわかることが自民党にはわからなかったし、できなかったということを国民が知ることとなりました。
その経緯の詳細には触れませんが、興味あるお方はこの本を読んでいただくこととして、こういう背景があって司法界が変質してきたことは見逃すことはできないと思います。別途、機会があれば掘り下げてみたいと思っています。
「あとがき」でこう締めくくっています。この本では「悪徳弁護士」の烙印を押そうと、田中森一(もりかず)、安田好弘の二人の弁護士が嵌められてゆく事件を追っていますが、国はやろうとすればなんでもできるということを実例をあげて説明しています。震え上がる内容ですがこれが現実です。これはそのまま高知白バイ事件にも当てはまり、なんら違いはありません。まさにこの一文で総括されています。
高知白バイ事件では、検察がちゃんと本来の仕事をしていれば事件にならずに交通事故として終っていた、となんども指摘してきましたが、警察と検察、検察と裁判所の「馴れ合い、庇いあい」といずれも検察が関わり、結果的には検察をブリッジにしてこの三者がグルになってしまうという最悪のケースが「高知白バイ事件」であったと考えています。
検察が警察に対して毅然とした態度で「こんなオタマジャクシのような子供でもだませない証拠では起訴できないっ!」と、つっ返していたら交通事故として処理され、とっくの昔に終わっていたはずです。
経済が急速に悪化することに対することで手いっぱいになり、とても警察・司法制度のことなんかかまっていられないというのが実情かもしれません。が、これを放置しておけるほど些細なことではなく、この問題に手を入れられるのはしがらみのない新政権でしかあり得ないと思うので、どんな政権が誕生するか見えない部分もありますが期待せずにはいられません。
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2009年1月 8日
警察車両が未加入だった 高知県警
この話は去年でしたが掲示板にもいくつか書き込まれていました。「へぇ~、そうなの」とその時はそれ以上は調べることもありませんでした。
で、新年早々の読売の記事です。
■ 片岡さんのブログで jbh*2*47 さんがコメントされています。--> こちら
全国で警察車両が事故を起こしているという背景ももちろんあると思うのですが、それだけではないなぁと感じた記事です。記事を読んで、「高知白バイ事件」を意識しているなぁというより、それを書きたいがでもそのものズバリではマズイので「じゃ、外堀から攻めてみよう」と、でもあからさまにならないように他の県警のことも「ついでに調べたよ」ということにして・・・・
この記者さんの頭にはすっかり有名になってしまった「高知白バイ事件」が渦巻いていて、つい出てしまったか。
「高知など3道県警の警察車両が任意保険に加入せず・・」と冒頭にでてくるのですが、いきなり「高知」です。中段でその中身を説明しているのですが、北海道でもなく鹿児島県でもなく、パッとでてきたのは高知だったというからにはそれなりの理由があるのでしょう。
このような調査ですから、北から順に並べるとか、なんらかの意味をもたせようとするのが心理でして、事実、この記事の中段ではそのように順番に並べています。
ということで、読売記者さんの頭の中を詮索してみた、というお話です。
読売新聞 2009年1月4日13時01分

・・・ 愛媛白バイ事件もそうでした。示談もヘッタクレもない!擦り付けてるんだから・・ ・・・
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2008年12月28日
粛々と、沙汰を待つことになる者たち
いよいよ一年が終わろうとしているのですが、「ちょっと待ってぇ~」という感じです。一日があっという間に過ぎ、一週間が、一か月がつるべ落としの如く・・といったこのごろです。
それでも何とかエントリーなどをアップしようとするのですがイメージがなかなかまとまらないのが凡人の凡人たる所以でしょうか。うぅ・・と考え込んでいるときに思い起こすのが非凡な才能に口あんぐりとなる「きっこの日記」です。
♪ ま・い・に・ち・ま・い・に・ち・ボクラは鉄板のぉ~♪~ じゃなくて毎日毎日6000文字を超えるエントリーをアップしている「きっこ」さんです。
タッチタイプをマスターされているのでキー入力がどうこうということはないのですが、でも6千、7千文字を並べてしかも意味のある文章にし、かつ人を惹きつけるというのはちょっとやそっとでマネができるものじゃありませんね。並みの凡人では到底理解できない才能だと思いますが、もう一つ理解できないものがあります。
ズバリ、高知白バイ事件に関わったひとたちです。どう締めくくるつもりなのかと要らぬお節介を焼いてみたくなります。支援者側からの包囲網が確実に狭まっていて、権力側のみなさんがこれからどうするつもりなのか、そのことも真剣に考えないといけない段階に入ってきたと思うのです。
事故現場でゴソゴソ作業した人たち、それを間近でみていたもの、法廷でありもしないことをゆってしまったもの、パソコンで夜な夜な画像を弄っていたもの、全体の状況を把握し一連の指示を与えていたもの、そして総責任者、・・・これら皆さん方はどうなさるおつもりなんでしょうか。
太陽は西からは昇ってきませんし、ある日突然に動乱が起きてニッポンが巻き込まれることも、ここ数か月で起きることもないでしょう。が、しかし1000パーセント確実にやってくることがあります。
それは衆議院の解散、総選挙です。衆議院の任期は平成21年9月10日、いくら麻生のお坊ちゃまが駄々捏ねようともその日はやってきます。
ポスト衆院選のことを考えると夜も寝付けない人たちがいることと思います。確実に落選するであろう3桁にも迫る数の自民党議員もそうですが、やってはいけないことをやってしまった御仁たちです。
これまでは強力に援護してくれていた親衛隊も退場させられるわけで、後ろ盾を失うことになります。その代わりに粛々と法に則り責任を追及してくる新政権が登場します。間違いなくこれまでの総括が始まるでしょう。
優先順位はつけられるので早くなるのか遅くなるのかは予想が付きませんが早晩参考人もしくは証人として国会に呼ばれることになるでしょう。写真の証拠能力を担保したはずのネガももはや拒否できず、出さざるを得なくなります。
その模様がテレビ中継されるでしょう。
ニッポンの警察・司法制度の根幹を破壊してしまった重大問題だからです。
裁判を始めようにも警察の提出した証拠・証言の信ぴょう性から吟味を始めなければ次に進めないという不信感を国民に強く与えてしまった事態はもう取り返しがつきません。今話題となっている裁判員制度どころじゃありません。非常事態といっても過言ではないでしょう。
警察が出した証拠・証言は原則信頼できるという前提で司法制度が成り立つものが、それがまるっきり信用ならんとなれば制度そのものが立ちゆかなくなります。崩壊です。
重要
支援者さんのエントリーがアップされています。
日本弁護士連合会の人権擁護委員会が高知白バイ事故の調査にはいったとのことです。日弁連が動いて高知弁護士会が動かないということはないので、現地も動かざるを得なくなると見ています。それもこれも政治状況の近未来が明確に見えてきたこともその背景にあるのではないでしょうか。
■ 支援者さんのエントリー「東京報告 前書き」 --> こちら
以上が、これから、しかも確実に起こるであろう近未来のシナリオです。
投稿者 hal : 05:35 | コメント (5) | トラックバック
2008年12月25日
信念を貫く弁護士が標的にされている
日本の司法は再び、言論統制の時代に入ろうとしている
いまに始まった話ではありませんが、それがますます先鋭に、かつ、あからさまになってきたと強く感じます。決して大袈裟なことでもなく、印象的なことでもありません。
現在進行中の『高知白バイ事件』がまざまざと見せてくれています。この事件がいかにタブーであったか。
それは事件の内容を知ってどの弁護士も引いてしまった現実が如実に表しています。
冤罪ファイルという雑誌が2008年3月に刊行されています。最新号では『高知白バイ事件
被告片岡氏の収監直前インタビュー 「上告棄却、そして刑務所からの招待状」』と題して取り上げられています。これで2回目でしょうか。
これまでは表にでることのなかった話ですが、冤罪という忌まわしい事件を扱った専門雑誌がそこらの小さな本屋でもふつ~うに見掛けるまでになりました。
■ 冤罪ファイル2008年12月号 --> こちら
また、ラジオ大阪2008年9月14日(日)~、亀井洋志氏が「高知白バイ事故」を取り上げたそうですが、残念ながら遠方にて聞けませんでした。が、その思いは『司法崩壊-あなたが裁判員を強いられる理由』の著書の中で綴られているのではないかと思います。
・・・ 司法崩壊-あなたが裁判員を強いられる理由 ・・・ 目次など一部が閲覧できる ↓

212ページから221ページにかけて土屋公献・元日本弁護士連合会会長を取材した記述があります。この節がこの著書の最後になるのですが、その中に印象的な言葉が載っています。
一部引用します。
ご本の中では警察に関わる記述はすくないですが、崩壊といえば司法だけにとどまらず警察から始まり検察・裁判所までを含めたニッポンの法治国家と聞かされてきた制度の根幹がすでに崩壊していると思うのです。
何をやっても刑務所に放り込まれることはない、コワイモノはだれもいない
彼らに抑制を効かせる罰則つきの法律もなければ、取り締まる仕組みもない
形式だけの弾劾裁判所があったって、屁のツッパリにもならない
裁判員制度なんてどうでもいいので、そんなことにうつつを抜かしている暇があるならどうして警察・司法制度が腐ってきていることに根本的にメスを入れようとしないのでしょうか。
所詮、警察利権などに塗れている現政権ではどうやっても物理的に無理なので、この際、しがらみのない政権に入れ替えてこの大問題に取り組んでほしいと願わずにはいられません。
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2008年12月20日
ほうぼうで水漏れ、堤防の決壊は近い
いよいよ気ぜわしくなってきました。
プリンター問題も検証用のものをエプソンが送ってきてくれて、その作業をやっているのですが答えがでるのは年を越しそうです。ちょうど2年前もおんなじことをやっていたと半ばあきらめぎみです。これでまた時間がとられそうで、なにやってんだか。たかがプリンタごときで・・
そんなゴタゴタのなか、内輪のことですが身内で不幸があり、今日明日と出かけることになり思うように動けていません。アタフタと落ち着いてないのですが、それでも世間の人々がどうみているのかが気になり巨大掲示板を覗いてみます。
ひところの工作員たちが猛威を奮っていた時分からみると様変わりで、随分と落ち着いてきています。彼らの元気がなくなったのか、それとも先が見えてきたのであきらめたのか。そんな印象です。
ところで、テレビや新聞などで盛んに裁判員制度のアピールをやっていますが、それを見るたびに思うのです。「その前に片づけておかなければならない重大な問題があるだろうよ」、と。
〇 日本国憲法がただのお念仏になっていて、その精神が踏みにじられていること。
〇 司法を学ぶもの達には「推定無罪」という「音・おと」だけは徹底的に叩きこんでいるのに、いざ現場になってみると、真逆の「推定有罪」になっていること。
学生たちには「推定無罪だっ!」と教えておきながら、そして最高裁だってそれをいいつづけ、ご丁寧にもホームページでそれを解説しているのに、
一審、二審の現場でも、最高裁の場でも「推定有罪」が当たり前になっている現実をどう説明するんだよと、こんどあたらしくなった最高裁長官にゆってやりたいですね。
最高裁は下のページを臆面もなく掲げています。これで3回目でちょっとくどいとは思いますが、こういうことはなんべんも言い続けるのがいいと思うのでまたまた鬱陶しいスナップショットを貼っておきます。
ゆってることと、やってることがこれほど真反対に乖離しているとは、恥ずかしいやら呆れるやら。最高裁自身の足元を含めた司法の現場とあまりにかけ離れた「能書き」です。 --> こちら
・・・ 「疑わしきは罰せず」の原則のはずだが ・・・

「疑わしきは罰する」と、
これに書き換えないと有罪率99.9%の現実を説明できないっ!
司法が崩壊した
「高知白バイ事件」があからさまに、そしてまざまざと見せつけてくれました。
下の条文も逃げ道をのこしてあり、巧妙ではありますが、しかし法の主旨というのは「すべての証人を登場させろ」ということであり、この語句「すべて」がキーポイントであり、これがこの条文のキモであるはずです。
ところが、高知地裁では一部の証人は登場させてみたもののそれら証言はものの見事にすべてが却下され、高松高裁では審理する必要もないと新たな証拠・証人をも切り捨てて30分で結審し、そして極め付きは、せめて公平に審理してほしいと上告したのに三行半で門前払いした最高裁でした。
この現実に多くの国民が恐怖におののき、震えあがったにちがいありません。
・・・ お念仏化し、ないがしろにされている日本国憲法 ・・・
ポイントをズバズバと突いた書き込みです。人々はしっかり現実をみていて、かつ理解しているなぁと思う書き込みです。
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/police/1229159365/
投稿者 hal : 23:20 | コメント (7) | トラックバック
2008年12月19日
「窓をちょっとこのくらい開けて指を出して・・・」 指差し写真の真相は?
「高知白バイ事件」
おそらく後世まで語り継がれる事件となるでしょう。警察自身が責任を負わなければならないのに、それを一般市民に擦り付けた事例が他にあるのかと調べてみても、そうそうでてくるものでもありません。愛媛白バイ事件を忘れてはいけませんが、その他の事件としては、状況はだいぶ異なりますが神奈川県警戸部署事件(署内で容疑者射殺?)とか三億円事件があります。三億円事件ではなんの関わりもない市民の顔をモンタージュにして真相の矛先をそらし、不幸にもその人はそれに耐えきれずに亡くなってしまい、おまけに事件をも迷宮入りにさせてしまった事例がありました。
高知白バイ事件において、警察が提出した証拠・証言のうち、「これだけは事故状況を表していて確からしい」といえるものがはたしていくつあるだろうかとクイズ問題ができそうです。写真ならちゃんとネガがあって、証言なら状況と矛盾もなく、そのほか実況見分調書などが適正だったかを調べてみて辿りついた結論が「ほとんどない」でした。
下の写真はちょっとまえに登場させたものですが、不可解なものというのはどこまでいっても不可解なので、なんべんでも登場します。
で、どうもこれが警察がゆうところの指差し写真のうちの一枚らしいですが、ほんとうにこれが黒岩交通部長がゆってるものかどうか。いろいろ写真を見ていて思うのが、なんで警察が出す写真はこうもこうも不鮮明なものが多いのかということです。江戸時代後期に撮影した写真の方が鮮明だというのは理解できませんね。
ひょっとしたらあとで詳しく検証されては困るので、そうならないようにわざと意図的に不鮮明にしているのではないか、と。
ネガをも拒否してるんじゃ、写真に証拠能力があるはずもありませんね。
証拠写真について最高裁はこんな判例をだしています。銀塩写真時代の最高裁の判例(昭和57(あ)1504 事件名 騒擾指揮、騒擾助勢、威力業務妨害、公務執行妨害被告事件)
「・・当該写真自体又は他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備するもの・・」
ネガがちゃんとあって、かつ裁判長が認めれば証拠能力ありとなる判例です。この延長で考えると、いま全盛のデジカメデータはどう扱ったらいいでしょうか。きちっとした運用がなされているでしょうか。
偽造の証明は透かしなどを入れる方法もあるにはありますが、実用面では偽造の証明はできないですから、デジタルデータは証拠にならないと、ド素人でもそのぐらいなことは考えられます。
ネガをいじった事件もありましたが、しかし化学的経年変化でその時期を知ることができるそうで、その点でまだましなのでしょう。
黒岩交通部長が記者会見で、
「車の窓から顔を出して、スリップ痕を指差している写真もある。2.3ヶ月したら最高裁から地検に戻ってくるからご覧になってください」、と述べています。
■ 高知県警緊急記者会見 2008/9/5(金) --> 支援者さんのエントリのHTML版
窓から顔を出すからにはガラスを大きく降ろさないかぎり不可能です。、黒岩交通部長が下の写真を含めて一連の写真を見てそうゆってるのであれば、顔を出せないことはありません。下の写真では不鮮明すぎてガラスがあるのかないのか判然としませんが、偽造でもしてなければ常識的にガラスは一番下まで降りていると判断できます。
スーパーJチャンネルの取材「窓をちょっとこのくらい開けて・・・」ではとても顔が出せる状況ではないので、警察が主張することが真実ならば鮮明に写ったオリジナルの写真をネガを添えて開示すべきです。
黒岩交通部長は異例な記者会見でそのことを強調したんですから、記者会見をもう一度開いて彼が直々に説明すべきでしょう。
・・・ この腕のようなもの いったいどこを、なにを指しているのか!? ・・・

実況見分調書
事故当日の実況見分で、ブレーキ痕を一切確認せず
指の先はちょうど歩道から車道に入った地点を指しているようにみえ、衝突地点というのはそこから6m以上もあさっての方向であり、わけわかりません。
この写真の右手の位置から推察して、車内でどんな姿勢をすればこのように右腕が伸びるものか
頭が天井につっかえ、前かがみでかつ腰を浮かさないとこのような姿勢になれないと思うが・・?
こんな写真がある一方、片岡さんを取材した映像がありました。(2007年10月29日夕方、テレビ朝日スーパーJチャンネル。http://k1fighter2.hp.infoseek.co.jp/Enzai/Kochi/EnzaiKochi4.htm#top から一部抜粋します)
その取材の中では「窓をちょっとこのくらい開けて指を出して、あそこが停止位置、停止位置という感じの状態の実況見分でしたね。」と答えています。
上の写真ではどう見ても窓ガラスは全開であり、しかも上腕が大きく外にでているように見えますが、片岡さんは「窓をちょっとこのくらい開けて「指」を出して、あそこが停止位置・・・」と説明している状況と大きくくい違っています。
およそ一時間後現場に戻り実況見分に立ち会いましたが、それは警察車両のなかからバスの停止位置だけを指し示すというものでした。
実況見分の立会いは
警察車両の中から
という感じの状態の実況見分でしたね。
元バス運転手
片岡晴彦被告
窓をちょっと開けて指を出して
という感じの実況見分でした
いや、ないですよ
その時にはまったく、話もなしに
その時にはまったく
(ブレーキ痕などの)話もなしに
最も重要な証拠であるブレーキ痕を本人に確認させないのは異常な実況見分である。
警察が同僚をかばうためにブレーキ痕をねつ造した。
被告側の主張
最も重要な証拠である
ブレーキ痕を・・・
”異常な実況見分”である
”ブレーキ痕をねつ造した”
実況見分の立会いは被告を「人目にさらさないように配慮」したものである。
事故直後の現場は多くの見物人が居合わせた衆人環視の状況だったので
ねつ造の可能性はほとんどないとして、
検察側の主張を認め、禁固1年4ヶ月を言い渡した。
高知地裁
被告側の主張をすべて却下
「人目にさらさないように配慮」したもの・・・
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2008年12月13日
「なぜ私が収監されるのか~高知白バイ事故の真相~」 人々の心を掴んだ
報道発 ドキュメンタリ宣言 2008年12月1日(月)放送分
「なぜ私が収監されるのか~高知白バイ事故の真相~」が人気投票で第一位になったそうです。
それを受けてノーカット版が、番組ホームページで配信されることが決まったそうです。パチパチ
■ 詳しくは支援者さんのエントリー --> こちら
で、Google で検索してみると約 45,900 ヒットします。放送日の前日にはたしか1,500弱ほどしか引っかからず、ヤキモキしていたのですがテレビの力はスゴイです。ゴールデンタイムの影響力は絶大でした。
題材も勿論そうですが、落ち着いた口調で語りかけ、編集の巧さも際立っています。ネットを見てみると、これまでに事件を取り上げてないブログが多数取り上げたことで、やはり人々の心を掴んだようです。時間の経過ともに、もっと知れ渡ることでしょう。
Scrap Japanと、Google ビデオと、Youtube(5分割) にもアップされています。これらは消されてしまうかもしれませんがいまのところ見えています。
■ Scrap Japan(全編通し) --> こちら
■ Google ビデオ(全編通し) --> こちら
Youtube(5分割) 時間が取りにくいお方はこの分割編が便利です。