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2006年3月25日
野口さん事件も追っていた 「新じねん」管理人おーるさんが、亡くなりました
ここのブログはグーグルの検索ロボットもほとんど来ないので、他に公開しているホームページとは違った感覚で書ける。といっても私の素性が割れているのであまり変なことは書けない。
また、一応コメントとトラックバックを受け付けるようにはしているが、ブログ界で話題になっている「人気投票の仕組み」すらないのでだれも好きこのんでトラックバックをうってこない。そんな気安さから「新じねん」のおーる氏のことも書いてみる。
年と共に涙腺が弱くなったとはいえ「新じねん」のおーる氏の訃報のショックは言葉にならなかった。亡くなる4日まえに頂いたメールを読み返したがまた涙があふれてきてしまった。ああいう時はいろんな思いが走馬燈のようにめぐるんだなぁと思った。
あの日はもうそろそろ寝ようと思って、前日には「書き終えていたページ」もそろそろ公開しようと「きっこの日記」を開いたら「おーる氏の訃報」だった。
読み始めてどなたか亡くなったことはわかり、そのまま読み進めて「・・・・既にご承知かもしれませんが「新じねん」の管理者おーる氏が・・・・」ときて大変な衝撃を受けた。まさに体が震えた。なんとかその部分を読み終えると一気に涙が出てきた。おーる氏の日記からおおよその生活ぶりも想像できていたので、悲しみより怒りとか憤りみたいな気持ちがつよく、そして悔しさが爆発して涙につながった。
■ 「新じねん」 --> こちら
■ 書き終えていたページ「野口さんの解剖はどんな意味があったのか」 --> こちら
まだまだ若いと思うのでやり残したことが一杯あったろうに・・・
あれほど妹さん思いだったのに・・・
体のこと、仕事のこと、仲間のこと、いっぱい思いがあったろうに・・・
と、もうずっと涙が止まらなかった。
その夜はなんとか寝付けて、彼が野口さん事件を追っていたこともあるので書き上げていたページに急遽、訃報をのせようと翌朝に追加を始めた。しかし、これがまた涙があふれてきてなかなか書けなかった。
「新じねん」を知ったのは確かライブドアの事件を調べていたときで、年末か年の初めぐらいではなかったとおもう。初めて見る人はめんくらうかもしれないディープな感じもあり、取っつきにくいのは自然な気がする。しかし、私は彼のエネルギー、情報収集力、分析力とコンピュータを自在に使った力に着目していた。私が知らないだけかも知れないが、あれほどの力を全てもった人を見たことがないからだ。
それと独特の表現力は私を引きつけるのに時間はかからなかった。
それ以降は毎日チェックするようにしていた。
その後の日記で異変を感じていたので、3月16日にメールをだした。翌17日にはその返事がきてちょっとホットしていた。
それから4日後の悲劇だから脳天をかち割られたほどの衝撃が走った。
それとページにも少し書いたが、実はあのページを書いているときに妙な感じをもっていた。というのも先の7枚のページのように警察とか政府の外堀を埋めて行こうと思って書き始めていたはずなのに、いつの間にか権力側を引っ張り込もうという、なんだかわからないがそんな気持ちがでてきてあのような形になった。おそらく「早く捜査を始めさせた方がいい」というそんなもやもやみたいなものを感じていた。
もっと奇妙だったのが、そのページをいつまでも公開しなかったことだ。いつもなら誤字脱字が少々あってもアップしてしまうのに、あのページを書き終わったときにはなぜだかそれがなかった。これはなんでそうしたのかは自分でもさっぱりわからない。特にそれを遮るものはなにもなかったから。
いま彼のことを書いているが手には数珠を掛けて書いている。名もない人が亡くなっていくその無情さとはなんだろうと自分に置き換えて彼を偲んでいる。
私もネットに公開するためにページを作っているが、すらすら書ける場合ばかりではなく、関係することがらを徹底的に調べたりでそれ相当のエネルギーと時間が必要となってくる。
おーる氏も似たようなことをされていたのではと推察していて、その心意気とか作業場面がわかるだけによけいに身につまされ、彼が逝ってしまったことは私自身のことのように悔しくてたまらない。
「新じねん」も主を失ったわけで、後どれほど存続していられるのかわからない。今のうちに見ておきたいと思っている。ライブドアにかかる考察がいっぱいあり、これからのページを書く貴重な宝庫であるのでなんとか残っていてほしいと願っている。
投稿者 hal : 2006年3月25日 08:30
コメント
おーるさんへの書き込みを見て、感慨を新たにしたものです.
単に読み飛ばしていただけの読者でしたが、こうなってみると歳も近いせいか、まるで長年の友人を失ったくらいに寂しい気がします.私のブログ等は、キャーキャー楽しんでいるだけで、実にお恥ずかしい内容です.時事的なことは避けていましたが、今回ばかりは彼の残したものを多くの人に読んでもらいたく、僭越ながら紹介したりもしてみました.
舵取りがいるのかいないのか、どっちへ向いて行くのか、そんなこの国に住むものとして、諸兄のひたむきな努力には尊敬の念を禁じえません.
今後も健康には留意されて、この社会に啓蒙されんことを願いつつ一筆啓上させていただきます.
投稿者 りゅう : 2006年3月29日 20:11
おーるさんが亡くなられてチャートもコメントももうネットを席巻することはありません。おーるさんの静かではありましたが、何ものにも屈することのない真理を求めるメッセージは、日を追うごとにネットの世界を超えて多くの人の心をゆっくりと揺さぶり始めています。「新じねん」を見てからいつもこちらを拝見させていただいておりました。これからも力強い発信を期待しております。
投稿者 ゴルゴ13 : 2006年3月29日 22:40