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2006年6月11日
やはりコスト優先だった シンドラーエレベータの内情が漏れてきた
これまでは伺い知ることができなかった社内の事情がすこしづつわかってきた
おおよそ想像できることとはいえ、こうあからさまに知るとエレベータの扉の前で足がすくむ。高品質メーカがひしめく日本市場で食い込むことは容易なことではないはずで、その戦略としてコストカットを選択したのは致命的だった。本社から経営のプロが送り込まれてきたとあるが、信頼性、安全性の要求が高い日本市場を研究していたとは思えず、とても経営のプロと呼べるほどの人物でなかったと思える。
官公庁が行う入札で破格値をだせばその値段に勝てる敵なしと学習して全国の自治体に侵攻していった。買う方から見ると耐震偽造で問題になった相場より大幅に安いことを理由にマンションを買った構図と、他のメーカより何割も安いから決めた官公庁・自治体の構図はまったく同じではないかと思う。蓋をあけてみたら共にとんでもない代物で、「安かろう悪かろう」だった。結局は「安物買いの銭失い」で、先人の知恵がないがしろにされたこととはいえ、これから払うであろう代償があまりにも大きい。
中日新聞2006.6.11朝刊より抜粋
都会の死角 上
「凶器」になったエレベーター
コスト重視安全軽視
一枚の紙を手にした男性社員を、七十人近い記者らが取り囲んだ。殺気立つ雰囲気、こわばる表情。「シンドラーの製品が安全で信頼できる製品であることを理解していただけるよう…」
東京都港区で男子高校生がエレベーターに挟まれて死亡した事故から四日後、世界第二位のメーカー「シンドラー」の日本法人で事故機の製造元「シンドラーエレベータ」の入る東京都江東区のビル。同社の社長コメントを一気に読み上げた社員は、記者が投げかける質問を背にビルに駆け込んだ。八階では警視庁が家宅捜索を続けていた。
三菱電機、日立製作所、東芝エレベータの大手三社で、市場の七割を占めるとされるエレベーター業界。スイスに本部を置くシンドラー・ホールディングは一九八五年、「日本エレベーター工業」の株式を取得して日本市場に進出した。このころ、社内では「黒船が来た。白人支配だ」と、以前から働いていた社員が反発したという。
「『三菱にならえ』が当時の幹部が口にしていた目標だった。日本製品の技術や美観を見習えとね」。シンドラー社で二十年近く総務畑を歩んだ元幹部社員は振り返る。
そして見いだした活路はコスト削減。「競争の激しい日本市場で戦う。それが『世界のシンドラー』の信頼を高めることにつながる」と社員に呼び掛け、人員削減に続き、四年前から国内生産を停止して海外グループからの輸入販売に切り替えた。
シェアを広げるため、狙いを定めたのが入札で決まる官公庁だった。
だが、社内には不満がたまっていた。わずか十九年間で、在職した社長は七人、うち四人が外国人だ。元幹部社員は「社長ごとに重視する方針が違い、とまどいを覚えた。彼らは『赤字を出さなければそれでいい』と言われて来ていたんじゃないか」と言う。
同社の工場に勤務していた元社員の男性は「現場から故障の報告をしても、本社からの打ち返しがなかった。コストダウン一辺倒のスローガンに嫌気が差して辞める優秀な技術者も多かった。グループから派遣されてくる幹部は〝経営のプロ″だが、技術は素人。トラブルの解消や分析が先送りにされていた」と危機管理の甘さを指摘する。
シ社は現在、事故原因をはじめとする一切の取材を拒否。住民説明会にも姿を現していない。だが、社長コメントの中で「シ社が十四カ月にわたり保守をしていないエレベーターでの事故」と、保守管理業者に問題があったともとれる表現をした。
元社員は「利用者の不安を和らげるため、現段階で話せる範囲での説明責任があるはずだ」と苦言を呈し、そして同社製品の不具合が報じられている一因を語った。「優秀な技術者が減った上、日本では後発企業のため、安全を支えてくれる関連業者が少ない」
皮肉にも、世界的な昇降機メーカーとしての信頼向上のために進出した日本で死亡事故が起き、その波紋は世界に広がった。
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安全と信じられていたエレベーターが突然、凶器となって少年の命を奪った。事故の背景を探った。
投稿者 hal : 2006年6月11日 09:45
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