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2007年9月 4日

テロ特措法 賛否両論その前に

9.11

世界が変わった。いや変わらされたというのが正確かもしれない。だからその原点は外せない。

ところがアメリカでも、ニッポンでも 9.11 がなぜ起きたのか、その首謀者とされた人物がどうなったのかが忘却の彼方になっている。またこの事件に引きずりこまれているのにどの国の政府もそして大手のメディアもまるで「腫れ物に触るな!」状態である。そして、9.11事件をきっかけに起きた事態にだけに注目が集まっていった。

声が聞こえてこない不思議
・・・見ざる、言わざる、聞かざる See No Evil, Speak No Evil, Hear No Evil・・・

 見ざる・言わざる・聞かざる
見なかったことにしよう、聞かなかったことにしよう、そしてなにも言わないでおこうと各国の政府も議員達も、大手マスメディも口を揃えたようにダンマリを決め込んでいる。ニッポンも同様である。いつもなら政府を厳しく批判する政党でもこの事件になるとアメリカ政府の公式見解を支持するに変わってしまう。
特にアメリカは9.11の直後2001.10.26、「愛国法」が成立したので、目を付けられればどこにいようが捜査令状もなしに踏み込まれるのを嫌い、野党の民主党であっても、新聞などメディアも、ブッシュには批判めいたことはしなくなってしまった。
野党・民主党でも中道派は戦争容認らしいので戦争を反対しているのは残ったリベラルだけかもしれない。その人たちでさえ泣く子も黙る「愛国法」で縛られていて、もはやアメリカ人に言論の自由は終わった話であろう。dailykos.com を除いては・・・

アメリカはそうであってもニッポンとか他の国にその法律は及ばないので、「右へ倣え!」みたく同一行動をとるいわれはない。いくらダンマリを決めている人々でも中には深い洞察力をもった高い見識の人物だっているはずで、すくなくとも一般庶民より詳細でより多くの情報に接している人だっているはずだから、何人かの声が聞こえてきてもよさそうだ。しかし、聞いたことがない。

ガチンコ国会
事件から6年目を向かるこの時期に、ニッポンでテロ特措法の問題でこれまで見たことのない?国会がもうじき開かれる。
戦後60年、国会の外で決まったことを追認するだけのニッポンの国会のあり方を根底から変えることが参議院で巻き起ころうとしている。
国会の爆弾男といわれた楢崎弥之助(ならざきやのすけ)氏が質問に立つときは何が飛び出すだろうと運転中でも車を止めて聞き入った。
それも昔の話になった。国会はすでに決まった過去のことを形式にのっとって議事録に残す作業の場に成り下がってしまった。なんの緊張感もない。
その国会が様変わりをする。

おかしいともなんとも思わないだろうか
「テロとの戦いだ」と言葉をつくり、戦争に仕立て上げたアフガン侵攻も、さらに世界の人々が不安に陥るのをメディアを使って盛んに煽っていることも、元はといえば 9.11 が出発点になっている。

もちろんそれ以前にもテロ事件は世界中で起きていたが、その捜査は警察の仕事であった。
ところがどういうわけか、9.11の容疑者とされたものたちを捕まえるためにアメリカは軍隊を動かして容疑者ではなく国を爆撃・破壊する暴挙にでてしまった。やったことを正当化するために口実を並べてきたが収拾がつかずに大失敗の憂き目にあっている。

テロ特措法の延長問題が焦点になる
次の臨時国会でこの議論が沸騰する。
議論する議員たちには、賛否両論の前に与野党にかかわらずこの法律がつくられることになった原点9.11事件を思い起こしてほしい。
小沢代表がテロ特措法延長反対にこだわるのはニッポンにとって得策ではないとか、まだ国民の覚悟もできてないので「痛み分け」を探すべき、みたく意見がある。
私としてはそこへ行く前にその前提となった出来事をきちんと整理することを先にやるべきと考える。あれほど重大な事件が起きたのにその検証もロクにせずに議論をすることに意味があるだろうか。

結果的にはアメリカにとっては聞きたくない話になるかもしれない。しかし、粛々とやった結果そうなったらその認識をベースにして、両国の関係をどうしていくかという議論へ進むのが筋と考えている。
アメリカの顔を見ながら作戦に参加している他の国々も固唾を呑んで国会を見ると思うので、ニッポンの国会である、堂々と議論すればいい。

6年前をもういちど思い起こしてみる
9.11がなんであったかを確認したくて FBI のホームページを開いてみた。トップページにはお尋ね者が並んでいる。今日現在のページである。
そのなかに「9.11アメリカ同時多発テロ事件」勃発直後からアメリカ政府ならびにメディアが盛んに取り上げていた「Osama Bin Laden」(オサマ・ビン・ラーディン、ビン・ラディンと略記)その人がいる。
彼の容疑がどうなっているかと見てみると、


MURDER OF U.S. NATIONALS OUTSIDE THE UNITED STATES;
CONSPIRACY TO MURDER U.S. NATIONALS OUTSIDE THE UNITED STATES;
ATTACK ON A FEDERAL FACILITY RESULTING IN DEATH


アメリカ国外におけるアメリカ国民の殺害;
アメリカ国外におけるアメリカ国民の殺害の陰謀;
死に至る中央政府建物への攻撃

その具体的な内容は、

Usama Bin Laden is wanted in connection with the August 7, 1998, bombings of the United States Embassies in Dar es Salaam, Tanzania, and Nairobi, Kenya. These attacks killed over 200 people. In addition, Bin Laden is a suspect in other terrorist attacks throughout the world.

『オサマ・ ビン・ラディンは1998 年8 月7 日、タンザニア・ダルエスサラーム とケニヤ・ナイロビの米国大使館爆破に関連して指名手配されている。これらの攻撃で200人が殺された。さらに、ビン・ラディンは世界中の他のテロリストによる攻撃の容疑者である。』
と、補足説明している。

ここで注目すべきことはアメリカ国内で起きた世界貿易センター爆破事件については指名手配の容疑に入っていないということである。
すなわち、FBI は 9.11 事件では ビン・ラディン を追ってないということである。

あの忌々しい事件から6年になる。FBI は少なくともタンザニアとケニヤの爆破事件でビン・ラディンを指名手配しているのだから捕まえるべく動いても不思議はない。というのは、ビン・ラディンは持病の治療のためにどこそこの病院にいるという情報はさまざま流れていたので FBI はその動向を摑んでいると思われる。しかし、なぜか捕まえようとする気配がない。

穿った見方をすれば FBI に捕まっていろいろ証言してもらっては困るからではないか、という疑念さえでてくる。アメリカ政府の言い方では、9.11について全てを知っていることになっている。しかし、捕まえたのに証拠がなかったということになりかねない状況がいろいろ出てきている。
それを認知しているからこそ、FBI は当初からビン・ラディンを 9.11 の容疑者にしていなかったのではないと推察できる。
FBI が「犯人」の車のなかでコーラン、アルカイダの指令書、アラビア語の操縦マニュアルを発見したとあるが、それらを目の当りにしてFBI 自身も確信したに違いない。「これは違う!」って。

さきのページでも触れたがもう一度掲載しておこう。アメリカ国防総省が2001年12月13日に公開した証拠ビデオに映っている人物が本当にビン・ラディンか?

・・・くつろいでいるビン・ラディン???がアラビア語で攻撃を論議している・・・

http://www.youtube.com/watch?v=YNwENigMroc



Osama Bin Laden・・・似ているところがない二人のオサマ・ビンラディン
ビン・ラディン右手使い\\\\\・・・FBIのページには左利きと明記されている


・・・FBI 公式ページ ビン・ラディンは左利き・・・
ビン・ラディン指名手配


前にもちょこっと書いたが話の展開方法にもいろいろあり、歴史のある一時点からスタートして、その時点から以降のことについて国連決議がどうしたとかそれとの関係でテロ特措法やISAFがどうなんだという議論がある。
自戒を込めているが、一定の文字数内でページの形を作ろうとするとどうしてもそうなってしまうきらいがある。
その方法では、その前の歴史に深入りすることもなくページをまとめられるので、ラクといえばラクである。なんでそういうことが起きたのかとか、それ以前の歴史まで入っていくと収拾がつかなくなることは目に見えているのでそのような展開を選択するのだと思う。

それも一つのあり方ではあるが、それだけに偏ってしまうと本質に迫る機会を逸してしまう危険があるし、いくらやってもなかなかモヤモヤ感が残り議論も深まらない。
ある時点から未来の話では百人百色、いろんな捉え方・考え方がでてきて当然で、それが簡単に収斂することはない。国会でも延々と続くだろう。

しかし、どうしてもニッポンとして決断しなければならない問題なら最終的には国民の意向を聞かなければならないが、そんな面倒なことをやりたくないので議論を無視・省略してきたのがニッポンの国会であり、政府であった。実質自民が長期に政権を握ってきたので止む終えないことではあった。

参議院「国際問題に関する調査会」が報告書を出していた

ところで、世界が無理やり変わらされた9.11から何ヶ月かたった時点で参議院の「国際問題に関する調査会」が報告書を出していた。会の構成メンバー、参考人の正体、日付、などの情報が欠落しているので報告書としては落第であるが、一応公式の報告書のようである。
国会でどんな議論をしていたのか興味があるので読んでみたが、率直なところ拍子抜けである。テレビでいろんな評論家がやっていたと同じレベルである。

毎年同じ時期に一回出しているが、なんかおざなりという印象を受ける。

というのは世界が大きく舵を切った2001年9月11日の翌年なので年に一回ではなく緊急の報告書だって出せたはずだし、出てきてもよさそうと思ったからだ。

で、その内容を読んでさらに愕然とした。

たった2箇所の記述しかないビン・ラーディンで、2002年以後の報告書には話題にもならず、一切でてこない。
ビン・ラーディンには当時から関心がなかったとみえる。参議院では曲がりなりにも事件に触れているが、この程度でこんどのテロ特措法を議論するのだからあまり期待はできないかもしれない。しかし、こんどは野党が過半数を占めたわけなので状況が違っている。

小泉前首相を外交防衛委員会で参考人・証人として聞いてほしい

「暗いニュースリンク」ブログの「 CIA工作員名漏洩事件:ヴァレリー・プレイムの回顧録がいよいよ刊行」エントリーから引用させていただく。

ブッシュのイラク戦争を手放しで支持した日本の小泉首相は、イラクが大量破壊兵器を保有していると断言し、戦争に協力した。果たして日本政府側は、米政府側の主張の裏をとっていただろうか?この件について伝える数少ない資料として、朝日新聞社刊『自衛隊 知られざる変容』から一部を引用する:

開戦の数ヶ月前。
防衛庁情報本部の分析部に指示が下った。
「イラクが大量破壊兵器を保有している可能性を報告せよ」
米軍からのイラク情報、欧米や中東の防衛駐在官が収集した情報、報道資料、インターネットで集めた海外の論文・・・・。これらを参考に作成された報告書は当初、大量破壊兵器について、「保有していると言われているが、明確な証拠はない」などと当たり障りのない結論となっていた。
だが、情報本部の上層部が怒った。
「米国がイラクの大量破壊兵器保有の疑惑をアピールしている時に、この結論は何だ」
報告書を検討する会議で、幹部の1人は自らペンをとって「保有する可能性は否定できない」という趣旨に書き改めた。
一方、小泉首相の関心は、大量破壊兵器の有無にはさほど向けられていなかった。イラク開戦時の緊急声明を発するまでの事務的な手続きを説明する官邸のスタッフにこう言った。
「事務的なことはいい。米国の行動を支持すると言える材料をできる限り持ってきてくれ。あとは自分で考える」

(以下略)



以下は参考資料:

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http://www.sangiin.go.jp/japanese/chousakai/houkoku/kokusai/kosai02.htm#11

国際問題に関する調査会中間報告(平成14年)\\\\\

この2002年の報告書には確かにビン・ラーディンは登場するがそれ以降の報告書にはでてこない。「・・様々な観点から論議が展開された」と書いているが、だれか評論家の文のようである。
原文からの抜粋であるが、読みやすくするために改行、強調修飾を施した。

 2 イスラム世界と国際政治

 米ソ冷戦構造崩壊後、貧困や民族・宗教対立などを原因として地域紛争が世界各地で起こるのではないかと危惧された。その後の10年余の経過をたどれば、残念ながら、この予測が的中したことは明らかである。しかも、諸々の紛争には、国内のみならず数か国にまたがる紛争も存在している。

 イスラム世界、特に、中東、中央アジア、コーカサス地域については、国境が民族分布に関係なく設定されていること、同じイスラム教の中でもスンニ派とシーア派の対立があること、水資源をめぐる対立が激しいことなどが、これまで指摘されてきた。これに加えて、イスラエル建国以来のパレスチナ問題が特に最近深刻化していること、石油・天然ガスなどの国際資源をめぐる先進各国と産出国の思惑が複雑に交錯していること、また、大量破壊兵器の開発・拡散やテロ問題で疑惑がもたれているイラクやイランに対して、米国が「悪の枢軸」と決めつけて、その対決姿勢を強めていることなどから、この地域の対立・紛争要因は、ますます増大するとともに複雑になっている。

 調査会においては、パレスチナ問題を含めてこの地域に大きな影響力を有する米国の対応、我が国の中東政策、イラク、イラン、トルコ、中央アジア諸国をめぐる問題などについて、様々な観点から論議が展開された。

(一)米国の中東政策

 冷戦後の米国の中東に対する基本的な国益に関して、参考人から、ソ連の影響力の拡大阻止が抜け落ちて、
(1)石油資源への自由なアクセスと安定供給、
(2)イスラエルの安全の維持の二つになり、さらに石油資源に関しては、カスピ海周辺へのアクセスと安定供給も加わったとの意見が述べられた。
また、参考人から、中東における対ソ抑止政策(オーバー・ザ・ホライズン)がそのまま残っていたことの結果として、反共勢力として利用したビン・ラーディンらのイスラム原理主義集団、サダム・フセインの右派民族主義勢力が登場したとの意見が述べられた。

 ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言に関して、参考人から、「悪の枢軸」発言は、米国とイスラエルが組んで世界を支配しようとしているという「陰謀論」を中東アラブ世界に拡大させる原因となるとの意見が述べられた。

 委員からは、

○ アフガニスタン空爆後、米国は別の国も攻撃する思惑があったのではないかとの意見、
○ 米国はブッシュ政権になってから一国主義の傾向が非常に強まったのではないかとの意見、
○ ブッシュ政権はベトナム戦争のトラウマからの脱却を図ろうとしているとの意見が
述べられた。
 
 政府からは、米国は国際的なテロネットワークを庇護する国家体制を持つ国と対決しているのであり、その意味では、アフガニスタンだけではないとの所見が示された。


悪者は「ビン・ラーディン」であり、「サダム・フセイン」であるという会議の流れを感じる。


参考人は誰だったか? 検証するうえでも明らかにする必要がある。

 (四)イラクをめぐる問題

(米国のイラクへの対応)

 米国のイラクへの対応に関し、

○ 参考人から、米国は、冷戦期に対ソ抑止としてビン・ラーディンらを使い、イラン型のイスラム革命の波及阻止のためにサダム・フセインを使ったのであり、現在の「ならず者国家」封じ込め政策は、冷戦期の政策の清算を行っていると見ることができるとの意見、
○ 米国はフセイン政権をまだ使えると考えている可能性があり、イラクに対して徹底的な討伐を行わないのではないかとの疑念が常に出されているとの意見、
○ イラクにおける反政府勢力の第一はイスラム勢力、第二は共産主義勢力であり、両者とも米国が最も忌避してきた二大勢力であることから、米国はフセイン政権の方が好ましいと考えている可能性があるとの意見が述べられた。

 イラク攻撃の可能性について、

○ 参考人から、クルド問題やシーア派の問題などがあるイラクにおいて、軍事力による政権交代や転覆がいかなる問題を引き起こすかを考えれば、見通しのないまま結論を出すことは非常に危険であるとの意見が述べられた。
○  委員からは、日本は、現実味を帯びてきたイラク攻撃に対して、アフガンに対する侵攻と同じスタンスで対応すべきかをも含めて、具体的に考える時期にあるのではないかとの意見、
○ 米国がイラクを攻撃するという事態が起こったとき、日本の外交は踏み絵を迫られ、どのような協力をどの範囲で行うのかという選択を求められる事態が来るとの意見、
○ 米国政府はイラクに対する攻撃の可能性を繰り返し示唆しており、実際に攻撃が開始されれば、日本がこれを間接的に支えることになり、イスラムに対峙する関係が作られることになりかねないとの意見が述べられた。

投稿者 hal : 2007年9月 4日 05:41

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