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2008年4月 6日

新聞記事の違和感  高知新聞

高知新聞社のサイトに2006年03月04日の朝刊ヘッドラインが掲載されています。--> こちら
事故の発生時刻からして、夕刊には間に合わず翌日の朝刊が第一報となったのでしょう。
どういう動きになっていたかをなにも知らない片岡さんら関係者、そしてそのほかの一般読者も、おそらくこの記事をなんの不審も感じずに読み流したことでしょう。
記者たちが現場を見て、自分たちが撮影した現場写真の数々、そして警察への取材を基にして記事が書かれたはずです。
しかし、その割には妙な感じを受ける記事です。

・・・ 高知新聞2006年03月04日 朝刊ヘッドライン 事故の一報 ・・・
 高知新聞2006年03月04日
高知新聞2006年03月04日

片岡さんは負傷した隊員の搬送を手伝った後はバスの中に隔離され、まもなくしてそのまま土佐署に連れて行かれました。一時間ほどして現場にもどり警察車両の中から指差しながら状況を説明して、その後の拘留期間中では署内で事故状況の取り調べがおこなわれなかったことはわかっています。
要するに、この記事が書かれる以前に、片岡さんと記者との接点はなく、また片岡さんの土佐署での事故状況に関する供述が一切なかったので、警察から漏れてくる情報だけでこの記事が書かれたということになります。

    3月3日午後2時34分頃: 事故発生
          午後3時04分: 緊急逮捕、土佐署へ連行
          午後4時頃: 再び現場にもどり警察車両から出る事なく現場検証開始
    3月4日終日: 拘留
    3月5日昼前頃: 釈放

そもそも社会部の記者というのは日ごろから事故・事件を追っていて、記事にするにあたってまずはその事故・事件を知ろうとするでしょう。警察や関係者から事情を聞き、それらを整理し自分の頭で理解してから記事にすることを日常的にやっているはずです。ですから、そのための嗅覚やセンス、文字に置き換える表現力は一定水準のものを持っているはずである・・・として以下の考察をしてみます。
このような前提を意識して新聞記事を読んでみます。

・・・・白バイが道路左側のレストラン駐車場から出てきた吾川郡仁淀川町の仁淀中学校のスクールバスと衝突。
冒頭でこのように書いてます。こんな書き方なのではっきりはしないですが、スクールバスがレストランからノコノコでてきて、動いているところに白バイと衝突したとも読み取れるものです。
・・・・バスは土佐市方面へ向かうためレストラン駐車場から対向車線へ入ろうとしていたという。

ここでも微妙な書き方がされています。バスが対向車線に向かって「動いている途中」とも読めるものです。 警察が「動いていた」とほのめかしていたのでしょうが、現場をみている記者としてはどうも合点がいかず、そうかといってバスが止まっているところに衝突したとも書けずこのようなあいまいな書き方になったと推察しています。当然にブレーキ痕(のようなもの)が写っている鮮明なカラー写真もまじまじと見ているわけで、「おかしいなぁ」といいながら、でも警察の意図を感じとっているのであからさまには描写できないと。
・・・・吉岡巡査長はバスをよけようと右側にハンドルを切ったが、よけ切れなかったのではないかとみられ、・・・・

白バイは回避措置をとったが間に合わなかった、バスの方が出てきたと思わせるような書き方になっています。 繰り返しますが、警察の実況見分はすでに完了している時点の記事で、警察の雰囲気を掴んでいて現場を見ている記者としてはこれが精一杯の表現であったのではないか・・・と思えます。
逆に警察の思惑、事故状況がきっちり把握できていたからこそこのような巧妙な書き方になったのではないかと推察しています。
記者自身が現場でみたこと、写真に写っていること、警察がゆってること、に納得がいっているならもっと具体的に書いているはずだと。
・・・・吉岡巡査長はこの日午前8時半ごろから高知市や周辺市町村をパトロール中だった。

この辺のことは抜かりなくしっかり強調しています。単なるパトロールであって通常の業務中だったということを印象づけようという感じを受けます。


新聞紙面の方ではもっと詳しく書かれているのかもしれません。白バイ隊員が亡くなった重大事故ですので紙面の扱いも大きく取られていたと思われ、読める機会があれば是非チェックしたいものです。

片岡さんサイドの関係者はこの記事をさっと読んだでしょう。
この4日の朝の時点で、ブレーキ痕があったこと、衝突位置などをのちほど警察・検察が主張しだして来るなどということはまったく知る由もありませんでしたから。
ブレーキ痕の写真を見せつけられて仰天したのが8ヶ月後(平成18年11月6日)の検察庁でしたから。

その後は裁判で振り回されて、この新聞記事も忘れられていたと思われます。
いろんなことがわかってきたいまになってこのヘッドラインを読んでみて、いかにこの記事でスクールバスの方の状況とか動きがあいまい模糊と表現されているかに目がいきます。
核心部分(ブレーキ痕、停止していた、衝突位置など)には一切触れないで、しかし「バスは動いていた」かのように読み取れる書き方をしていることに書き手の意図を感じます。
それとは対照的に白バイの方はどうでしょう。
「回避行動をとった、パトロール中だった」と、くっきりとその動きが強調されている感じさえ受けます。

この記事と、あとでわかってきたことを考え合わせてみると、事故ストーリーが当日のうちに決定づけられ、それを察知した高知新聞もほかのマスコミも足並みを揃え、「肝心なことを伏せておこうね」と、方針が決まったのだろうと見ています。

    ※高知放送もしっかりブレーキ痕を写していました。--> こちら

まとめ:
事故状況を理解していた ・・・・その不自然さも

今後、報道姿勢が問われる時が来ると思うのですが、そのときに「そんなことは知らなかった」と、弁解するかもしれません。しかしこの記事の書き方ではそれも空しい言い訳として響くことになるのでしょう、きっと。

新聞記者の仕事は警察への取材と現場で集めた写真などをもとに状況を理解して記事にするはずです。
高知新聞も現場を見て、自分たちが撮った写真を吟味しながら記事を書いたはずです。
当然のこととして、撮った写真(ブレーキ痕がくっきり写っている)をその時点で見てるはずです。ひょっとして現場で遠巻きながらだれかが見ていて、ブレーキ痕の存在に気づいていたかもしれません。
不審に思ったものが警察が帰ったあとでまじまじと見ているかもしれません。
すくなくとも下のブレーキ痕を撮影したカメラマンは自分がなにを写しているかは理解されていたはずです。

いずれにしても「これはなんだ!?」と誰かが気づいたことでしょう。
そういうことには見慣れているはずの記者だからです。
いろんな角度からの鮮明なカラー写真をもっているはずで、それが見逃されたということがありえるでしょうか。

事故の状況が理解されていた、だからこそこういう書き方になったのだ・・と

もし、
上の写真を載せるつもりが、間違って下の写真が翌日の朝刊に掲載されていたら、県警、新聞社、片岡さんサイドでは上や下やの大騒ぎになっていたことでしょう。

・・・ 1年7ヶ月後に掲載された事故当日の写真
   高裁判決(10月30日)の2日前、2007年(平成19年)10月28日付 朝刊 29面の記事高知新聞  ・・・

15時50分ごろ、事故発生から1時間15分の時点(点線の輪で囲って強調されている2本のブレーキ痕のようなものが写真中央に写っている)
2007年10月28日、高裁判決(10月30日)の2日前、高知新聞

-- もくじ --

投稿者 hal : 2008年4月 6日 23:15

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