« 仰々しいヘッドフォンはいらない 安物マイクがあればいい ヘッドフォン取替パッド | メイン | お正月早々 経済学?論争 »

2009年1月10日

三者がなれ合えば法の正義は失われる 司法制度に巣くう病巣

20091.11 タイトルを変え一部加筆しました。が、加筆以外は内容は変わっていません。

・・・ 特捜検察の闇 ・・・

特捜検察の闇特捜検察の闇(文芸春秋) 魚住 昭著
税込価格: ¥1,500 (本体 : ¥1,429)
出版 : 文芸春秋
サイズ : 20cm / 247p
ISBN : 4-16-357440-9
発行年月 : 2001.5

読むことになったきっかけは、ズバリ「高知白バイ事件」です。もちろんそれ以前から冤罪事件が多発している状況のなかで検察がやるべきことを愚直にやっていれば真犯人を取り逃がすこともなく、いわれのない罪を無実の人に被せることはなかったという事例が多くあったのも背景にあります。
司法制度の中で検察が起訴しなければ、すなわち動かなければ裁判すら始まらないという重要な任務を負っている者たちがちゃんと仕事をしているのだろうかということを実例で確認しておきたかったからです。

・・・ 変容する司法  特捜検察の闇 ・・・

tokusoKensatuYami

高知白バイ事件を知ることになって、いったいいつの時代までさかのぼらないとその実態が見えてこないだろうかと調べていくとそれこそ戦前まで一気に飛んで行ってしまいます。
法律が変えられ制度の変遷があるにせ、いつからおかしくなってしまったのかと調べていってもなかなかそれが見えてこないのです。高知白バイ事件は稀に見る極悪非道な事件になってしまいましたが、それでもいきなり警察・司法が豹変したということもなさそうです。そうだとしたら変遷の過程でも特に大きく変わった節目があるだろうとこの「特捜検察の闇」を読んでみようと思ったわけです。

その節目の一つが、1994年6月に経済同友会が発表した「現代日本社会の病理と処方」と題する文書だったといわれているということを指摘しています。経済同友会と司法制度がどう関係あるのかと不思議に思われるかもしれませんが
密接に関係していたという指摘は的を得ていると思えます。経済界が「俺達の自由にやらせよ。問題がおきるだろうからその時は裁判でやればいい。理屈をつけていえば、それは事後チェック・事後救済型社会、つまり「市場型社会」にしたい。そのために司法の人員を増やせ!」と、まぁ、意訳すればこんな思惑だったのだろうと推察できます。それに呼応して1997年、自民党の保岡興治らが自民党司法制度特別調査会を立ち上げ、その流れに最高裁や日弁連が加わり1999年年7月、司法制度改革審議会が設置されました。ようは経済界と自民党が結託して司法改革と称した企てだったわけです。自由にやらした結末がいまひとつの問題として噴出していて、「派遣をやめよ!」と国会でも大問題になっています。
裁判員制度もその一環ででてきましたが、始まるまえから大問題になると指摘されていて、それが現実の問題になるのも間近です。
一部の利益だけを通そうとした挙句の大失態だったということですが、かならずしも派遣問題だけではなく、郵政民営化、年金・医療・・・などどれも本質は同じです。社会を健全に維持していくには広く眼を配らないといけないという誰にでもわかることが自民党にはわからなかったし、できなかったということを国民が知ることとなりました。

その経緯の詳細には触れませんが、興味あるお方はこの本を読んでいただくこととして、こういう背景があって司法界が変質してきたことは見逃すことはできないと思います。別途、機会があれば掘り下げてみたいと思っています。

あとがき」でこう締めくくっています。この本では「悪徳弁護士」の烙印を押そうと、田中森一(もりかず)、安田好弘の二人の弁護士が嵌められてゆく事件を追っていますが、国はやろうとすればなんでもできるということを実例をあげて説明しています。震え上がる内容ですがこれが現実です。これはそのまま高知白バイ事件にも当てはまり、なんら違いはありません。まさにこの一文で総括されています。

・・・
検事や弁護士や裁判官はそれぞれにきちんと独立し、お互いに批判し合い、相手の行き過ぎをチェックし合ってはじめて司法のシステムはうまく機能する。それを忘れて三者がなれ合い、国家の政策と一体化すれば、法の正義は失われてしまう。私がこの本で最も言いたかったのはそのことである。


高知白バイ事件では、検察がちゃんと本来の仕事をしていれば事件にならずに交通事故として終っていた、となんども指摘してきましたが、警察と検察、検察と裁判所の「馴れ合い、庇いあい」といずれも検察が関わり、結果的には検察をブリッジにしてこの三者がグルになってしまうという最悪のケースが「高知白バイ事件」であったと考えています。
検察が警察に対して毅然とした態度で「こんなオタマジャクシのような子供でもだませない証拠では起訴できないっ!」と、つっ返していたら交通事故として処理され、とっくの昔に終わっていたはずです。

経済が急速に悪化することに対することで手いっぱいになり、とても警察・司法制度のことなんかかまっていられないというのが実情かもしれません。が、これを放置しておけるほど些細なことではなく、この問題に手を入れられるのはしがらみのない新政権でしかあり得ないと思うので、どんな政権が誕生するか見えない部分もありますが期待せずにはいられません。



投稿者 hal : 2009年1月10日 13:02

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)