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2009年1月16日
倒錯した論理、詭弁を弄する裁判官 国民が不幸になるだけ
警察・司法制度が堕ちるところまでおちてしまいました。
警察官がつくった調書は頭から疑ってかからないといけないし、検察官は有罪にすることしか頭になく自分に不利な証拠は知らぬ顔で起訴するので油断もすきもあったものではありません。
検察官にきっちり仕事をさせなきゃいけないのが裁判官の役目なのに力関係で負け、検察のゆうがまま、倒錯した論理を振り回し、詭弁を弄することしか彼らの生きる道はなく、世も末といった司法の状況です。
これがボケたオヤジの戯言であってくれたら救われるのですが、高知白バイ事件でまざまざと見せつけてくれました。
こんな手がつけられない状況なのに、いま裁判員制度に突入しようとしています。
ここでは警察の云々はちょっと置いとくとしても、検察・裁判所の現状から目を背くことはできないはずです。
というのは司法がそれぞれの職場で、法の精神どおりきちんと仕事をすればどんなにいい加減なことを警察がしてもそれが見抜かれて弾くことができ、いわれのない罪を着せられる不幸な結果になることを防げる、と思うからです。
司法が著しく劣化 そして崩壊へと進んだ
いまの司法の現状を伏せ、棚上げにしたまま裁判員制度に突入することは、将来に禍根を残す
国民にこの新制度を押しつけることは、あまりに無責任にすぎる
国民を不幸にするだけだ
さまざな問題が表面化する
すでに指摘されているように、
● 職業裁判官の責任の半分を裁判員に押し付け
● 裁判員の身分を保障するでもなく
● 生涯その秘密を口外させず(罰則付き)
● 裁判官のように数年で官舎を転々と変わり、姿をくらますこともできず
● その結果、定住している住所が突き止められ報復にあう潜在的危険が常にあり
● わずか日当1万円×3日=3万円と引き換えに
死ぬまで責任、リスク、そして精神的ストレスを負わせる続けることは、余りに理不尽な制度であります。
さらに、事前に裁判官らがやる公判前整理手続には裁判員は一切タッチさせず、そのため裁判官らは事件を完全に理解しているにもかかわらず、しかし裁判員は蚊帳の外におかれているのでどういう経緯で整理されシナリオがつくられたのかも全く分かりません。
当日になり目の前に積まれた分厚い資料を突き付けられ、「有罪ですか、無罪ですか。無期懲役ですか、死刑ですか、どう思いますか」と迫られても、そりゃお手上げというものです。
公判前整理手続というのはこれまでなかった制度で、裁判員制度がスタートすることを前提に新設されたものです。裁判官、検察官、弁護人が顔を突き合わせて初公判前に「非公開で話し合い」をして証拠や争点を絞り込んで審理のストーリーを作るのですが、これで裁判の流れも大方決まってしまいます。
裁判員が集まったところで、裁判長から事件の概要説明はありますが、裁判長がゆっているすべてが果たして真実かどうかは裁判員に判断のしようがありません。ヘタをすればその説明が誘導になり、わき目もふらず有罪まっしぐらという展開も十分に考えられます。どう考えても時間が短すぎます。多くて3日では話になりません。
仮に書類のなかで不審な点に気づき、裁判員が現地調査などを要求したときそれが受け入れられるでしょうか。
そんなことは想定してないはずです。たった3日ほどしかないのに、事件が蒸し返されたらスケジュールが狂ってしまい都合が悪くなるからです。
「俺達が作ったシナリオに従ってればいいんだ」と一喝されてお終い。そんな場面が見えます。
これから殺人事件など重大な事件だけを扱うことになります。
それゆえ裁判員が公判前整理手続の時点から裁判官らと同じ行動をとることで、やっと自分でも判断ができ、そして意見がゆえる同じ立場に立てるわけです。
それが100%欠落した制度にどんな合理性があるというのでしょうか。
刑事裁判の有罪率は99.9%です。これが今後も変わることはないでしょう。なぜなら検察のメンツがかかっているからです。たとえ裁判員制度が始まろうとも、このメンツを守りたいと必死に動くはずですから、99.9%は不動だと見ています。
となると裁判員制度が始まったらどうなるか。
99.9%というのは、仮に1000件あってもたった1件しか無罪にならないのがニッポンの刑事裁判です。すなわち起訴されたらもう諦めるしかないのが実態です。どんなに無罪を主張しようが、どんな科学的証拠をだそうが、どんなにもがこうとも起訴されたらお終いということです。
その1000件のなかには表にでてない冤罪事件が多数含まれているはずです。一部もしくは多くの部分で事実誤認があったままの判決が多数あったはずです。英国、米国の実績から類推しても数百はあってもおかしくないと思えます。米国:約73%、英国:約50%(否認事件)
そんなことにかまわず999件は確実に有罪にされています。これがニッポンの現実です。
そこには「推定無罪」の刑事裁判の大原則は影も形もありません。
あれほど最高裁が言いつづけ、学生にも教え、ご丁寧にホームページにも掲げているのに現場ではまったく無視されています。真逆の「推定有罪」がまかり通っています。
最高裁は下のページを臆面もなく掲げています。これで4回目となり、かなりくどいとは思いますが、こういうことはなんべんも言い続けるのがいいと思うのでまたまた鬱陶しいスナップショットを貼っておきます。
ゆってることと、やってることがこれほど真反対に乖離していると、恥ずかしいやら呆れるやら。最高裁自身、そして下級裁判所のすべての現場とあまりにかけ離れた「能書き」です。 --> こちら
・・・ 「疑わしきは罰せず」の原則のはずだが ・・・
この最高裁の能書きがタダのお念仏になっている
実際の裁判の現場では「少々怪しくても面倒だから有罪!」。これが、平然と行われている。
最高裁の能書きにもなっている「疑わしきは罰せず」を取り消して「疑わしきは罰する」に書き換えないと有罪率99.9%の現実を説明できないっ!
Q.立証責任とは何ですか。
A.「疑わしきは罰せず」とか「疑わしきは被告人の利益に」という言葉は聞いたことがあると思いますが,刑事裁判では,被告人の有罪を確実な証拠で,合理的な疑いを入れない程度にまで立証することについては,検察官がその責任を負います。これが立証責任です。そして,検察官の方で立証を尽くしても,被告人を有罪とするために必要なある事実が存在するかどうかが立証できなかった場合には,その事実は存在しなかったものとして,被告人に有利な判断をしなければなりません。つまり,「疑わしきは罰せず」の原則により,無罪の判決を言い渡すことになります。
警察・検察のメンツを立てるには有罪にするほかないのでしょう。
新人研修所では有罪の判決文を書くことしか習わないといわれ、その後の裁判所での実地研修でも有罪判事のもとでは「有罪」しか書かないのでますます有罪判事が再生産されている実態があるといわれています。99.9%、その数字が如実に語っています。
これから殺人などの重大事件に裁判員が取り込まれます。それら事件でも事実誤認の部分が必ず含まれているとみて間違いはないでしょう。うず高く積まれた資料のなかから事実誤認をどうやって見つけ出すんでしょうか
たった3日しかありません。
それはもう絶望的です。
裁判員が関わった重大事件で、無期懲役、または死刑の判決が下されるケースがでてきます。裁判員6人のうち2人が裁判長の誘導で取り込まれたら3+2=5の過半数となり結審です。もともとそこには無罪のストーリーはありません。99.9%の有罪率が支配しているからです。
もし、あとで冤罪だと判明したときに、裁判員だった人のその後が心配になってきます。
だれにもいえず、一人胸の奥にしまい込み、そのストレスに耐えながら余生を全うすることになります。
そこまでしなければならないという義務がほんとうにあるでしょうか。名もない一国民に・・・
そもそもそれに耐えられるでものでしょうか。
憲法の精神に反することではないでしょうか。
どんなに最先端の科学的新証拠を提出しても無視しようと思えばできてしまう、これがニッポンの司法の現場です。
話にもなりませんが、しかしこのレベルから考えていかないと、先には進めません。
で、再審請求の話です。
「高知白バイ事件」にも直接かかわることなので、少しばかり考えてみたいと思います。
裁判手続きという専門的な部分もクリアしなければならず、同時に新証拠が科学的かつ合理性があるのかどうかということも合わせて考えなければならないと思います。
それを考える上で1961年、5人が殺害された名張毒ブドウ酒事件が一つの題材になると思い取り上げてみます。事件の種類もまったく異なるのですが、すでに再審請求を6回行い、7回目で最先端の分析機器で解析した結果を新証拠として提出するのですが、それすら却下する裁判所とはいったいなんだろうか!?
この無気味なものをどう理解し、どう対処したらいいのでしょうか。
実は「名張毒ブドウ酒事件」は近県で起きたことでもあり地元新聞もテレビも大々的に報道しています。古過ぎて残ってないだろうと思われていた農薬ニッカリンTも見つかりそれを最新鋭の分析器で調べて新証拠として提出したのに、です。
■ 中日新聞(平成18年12月27日)の記事 --> こちら
47年前(1961年)5人が殺害された「名張毒ブドウ酒事件」
無実を訴える奥西死刑囚は6回再審請求したが棄却
ところが6年前(2002年)、凶器について決定的な新証拠が見つかった
自白では凶器はニッカリンTという農薬でブドウ酒に混ぜたとされる
ニッカリンTにはトリエチルピロリン酸という成分があり
実はこれはブドウ酒からは見つからなかったため、当時鑑定で「水と混ざって分解した」とされた
私はこれを見たときに「えぇ、本当だろうか」と
ここになにか隠された問題があるんじゃないというふうにおもったんです (野嶋真人弁護士)弁護団は30年以上も前に製造が中止されたニッカリンTを一年以上かけて探し出し最新機器で分析
すると
ニッカリンTには問題の成分は必ず含まれているということがはっきりしました。(野嶋真人弁護士)
トリエチルピロリン酸は水と混ざってもほとんど分解されず残ることがわかった
つまり毒ブドウ酒にはトリエチルピロリン酸がなかったことは
凶器がニッカリンTではなかったことを意味したのだ
36年間凶器とされたものが凶器ではなかったこの新証拠をもとに第7次再審請求を行い認められた
2006年9月名古屋高裁
ところが・・・
門野博裁判長は新たに鑑定することもなくトリエチルピロリン酸は水で分解されるという40年前の資料を根拠に「毒物がニッカリンTだった可能性もある」と結論付け再審開始決定を取り消したのだ
弁護団に協力した専門家も呆れる
弁護団の方はですね、何年もかかってほんとに地道に科学的な検証を積み上げて証拠として提出してものであると
ところが判決文には科学的な根拠は乏しい (横浜総合高校岸川卓史教諭)
「高知白バイ事件」の地裁、高裁でもこの2年前の名古屋高裁の決定と同じ構図ではないでしょうか。この毒ブドウ酒事件はマスコミがよく報道して知られた事件であってもこのありさまです。
高知白バイ事件の再審請求では、新証拠が提出され、まずは扉が開いて再審が開始されることを願ってやみません。
できればその前に、政治状況が変わって、国会の法務委員会、予算委員会を最大限に活用して勝手な論理が許されてきた組織を揺さぶり、ほぐしておくことぐらいはできそうなので、参考人・証人招致をビシバシやり、糸口を解くことができるのを願っています。いずれにしても長期政権が禍しているのは明らかであり、新政権の誕生を待つしか根本的な手はないと考えます。
が、最高裁にしても初代長官のときはそれなりに機能していたがその後はどんどん変節していってしまったという話もあり、根が深いだけに前途多難であるのは素人でも想像できます。
■ 最高裁にもまともな時期があった? --> こちら
でもそんなことをゆっていられる時期はとっくに過ぎています。前進あるのみ、ですね。
「高知白バイ事件」は冤罪というより、証拠・証言ねつ造の犯罪事件といった方がピッタリしています。杜撰な捜査の結果が冤罪であったならば、捜査機関が故意にやったという事実もでてくることはないでしょうし、謝罪と責任が明らかにされればひょっとしてそれなりに理解されるかもしれません。
が、それがある明確な意図をもって仕掛けられたものだったら、それはあるまじき行為であり言語道断、容赦なく糾弾されなければなりません。
| キャプション ナレーション:青色 証言:赤色 | |
|---|---|
![]() | ニッカリンT・・・トリエチルピロリン酸が含まれる 毒ブドウ酒・・・・トリエチルピロリン酸は検出されなかった(当時の鑑定では) 結局、「水と混ざって消えた」 47年前(1961年)5人が殺害された「名張毒ブドウ酒事件」 |
![]() | 私はこれを見たときに「えぇ、本当だろうか」と ここになにか隠された問題があるんじゃないというふうにおもったんです (野嶋真人弁護士) 弁護団は30年以上も前に製造が中止されたニッカリンTを一年以上かけて探し出し最新機器で分析 |
![]() | ニッカリンTには問題の成分は必ず含まれているということがはっきりしました。(野嶋真人弁護士) トリエチルピロリン酸は水と混ざってもほとんど分解されず残ることがわかった つまり毒ブドウ酒にはトリエチルピロリン酸がなかったことは |
![]() | 凶器がニッカリンTではなかったことを意味したのだ 36年間凶器とされたものが凶器ではなかった |
![]() | この新証拠をもとに第7次再審請求を行い認められた 2006年9月名古屋高裁 ところが・・・ 門野博裁判長は新たに鑑定することもなくトリエチルピロリン酸は水で分解されるという40年前の資料を根拠に「毒物がニッカリンTだった可能性もある」と結論付け再審開始決定を取り消したのだ 弁護団に協力した専門家も呆れる 弁護団の方はですね、何年もかかってほんとに地道に科学的な検証を積み上げて証拠として提出してものであると ところが判決文には科学的な根拠は乏しい |
なお、再審請求について、サンプロのビデオが参考になると思い、そこの一部から抽出してページをアップしました。
テレビ朝日・サンデープロジェクト シリーズ「言論は大丈夫か」⑪ 2008.4.13 より、
『本当に「推定無罪」か -閉じられる再審の扉-』から抜粋したページをアップ
■ 「再審の扉が開かない」 --> こちら
投稿者 hal : 2009年1月16日 05:54




