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2009年5月29日

捏造・偽造・改竄、そして隠蔽 おまけに偽証 ~検察も狼藉を働いていたとは・・・

悪行のデパート、やれることはすべてやった
まさにオンパレードとなりました。警察・司法ストーリーをもっともらしく見せかけるにはそこまでやらざるを得ず、承認もしくは命令のもと担当各位がそれぞれの持ち場で実行したのだろうと考えています。
写真や実況見分調書を調べて、「あり得ないこと、矛盾していること」を穿り出して、それをページという見える形にしてきたという経緯で、確信に至りました。

いまちょうど裁判員制度が始まったタイミングということもあり、国民の関心が否応なしに警察・司法に向かざるを得なくなりました。制度の本当の目的は違うところにあるとみているのですが、それはそれとして「警察や検察は信用できんぞっ」とこれまでは関心がなかった国民までもが気づくこととなり、裁判員制度を拵えたものたちにとっては隠して置きたかった問題が炙り出されて、「こんなはずじゃなかった」と地団駄踏んでいるのではないかと、そんな皮肉な結果になったと、注目しています。

「高知白バイ事件」では関係者が無用な不幸に苛まされ、失ったものがあまりにも大きすぎました。取り返しがつかない大きな犠牲を払ったことは悔やまれますが、この事件が世間に与えた影響という側面でみると前代未聞の事件だけに国として取り組まなければならない問題を浮かび上がらせたことは、大きな功績だった、と思うようにしています。

私が事件を知って1ヶ月すぎごろ、2007年11月29日に次のように書いています。タイヤ痕を弄っていることが写真からわかり、実況見分調書の矛盾点をページにホームページの方にアップしようとしていた時分です。
当時の認識では、たとえ検察が一枚かんでいたとしても、検察お得意の恣意的に好き勝手にできる裁量の範囲(犯罪として立証が困難な範囲)までだろうとみていました。その中で警察と一体化していた、と。 -->こちらから引用。
 


そのほかに土佐署が作成した現場の見取り図があるが、目撃者の白バイA隊員と衝突した白バイの位置関係が杜撰に書かれている。
このいい加減さは日常的なのか、はたまた今般の事故は辻褄合わせが難しくサジを投げたのか・・・・。この程度のてきと~な実況見分で、「よくぞ公判を維持できたものだ」と、疑念から確信に変わりつつある。
警察・司法が一体化しないと、とても無理だ、と。


ところが、その見方が甘かったことが表にでてきました。
とんでもない仰天な内容です。
『高知地検』で作成された供述書に「指紋の捏造」疑惑があると、月刊WiLLで暴かれたことが支援者さんの直近のエントリーで述べられています。支援する会としては関係者の了解が得られるまでは伏せておこうとした問題だったとのことです。
手口やその詳細までは把握していませんが、鑑定して裏をとっているということなのでもはや疑惑の段階ではないという理解です。
  ■ 支援者さんのエントリー こちら

検察がそこまでやるか
裏金問題は三井環氏逮捕事件がくっきり表面化してくれましたが、そればかりか検察にかかる問題は『特捜検察の闇』で克明に指摘されています。隅から隅まで読んでいますが、オゾマシイ現実があります。昔のエントリーから引用します。 --> こちら 

・・・・
あとがき」でこう締めくくっています。この本では「悪徳弁護士」の烙印を押そうと、田中森一(もりかず)、安田好弘の二人の弁護士が嵌められてゆく事件を追っていますが、国はやろうとすればなんでもできるということを実例をあげて説明しています。震え上がる内容ですがこれが現実です。これはそのまま高知白バイ事件にも当てはまり、なんら違いはありません。まさにこの一文で総括されています。
・・・
検事や弁護士や裁判官はそれぞれにきちんと独立し、お互いに批判し合い、相手の行き過ぎをチェックし合ってはじめて司法のシステムはうまく機能する。それを忘れて三者がなれ合い、国家の政策と一体化すれば、法の正義は失われてしまう。私がこの本で最も言いたかったのはそのことである。

高知白バイ事件では、検察がちゃんと本来の仕事をしていれば事件にならずに交通事故として終っていた、となんども指摘してきましたが、警察と検察、検察と裁判所の「馴れ合い、庇いあい」といずれも検察が関わり、結果的には検察をブリッジにしてこの三者がグルになってしまうという最悪のケースが「高知白バイ事件」であったと考えています。
検察が警察に対して毅然とした態度で「こんなオタマジャクシのような子供でもだませない証拠では起訴できないっ!」と、つっ返していたら交通事故として処理され、とっくの昔に終わっていたはずです。

経済が急速に悪化することに対することで手いっぱいになり、とても警察・司法制度のことなんかかまっていられないというのが実情かもしれません。が、これを放置しておけるほど些細なことではなく、この問題に手を入れられるのはしがらみのない新政権でしかあり得ないと思うので、どんな政権が誕生するか見えない部分もありますが期待せずにはいられません。



法をも怖れず、なんで検察がこうも傍若無人でいられるのか
警察にはその存在を規定する「警察法」があり、実務を縛る「犯罪捜査規範」があります。飛び道具を持たせたり、逮捕権を与えているので当然です。罰則規定がないので空文化となっていますが、曲がりなりにも成文化はされています。もちろんこれをもってしても腐敗した警察には立ち向かえないですが、ないよりはマシだといったところです。
他方、逮捕権を付与され腐ってる検察はというと「ナッシング」、存在を規定する法もなければ、職務を取り締まる法律の類がないのです。刑訴法では起訴独占として出てきますが、それとて機能をあげているに過ぎません。あるといえば、職務外の行為に限定している国家公務員法がかろうじてあるくらいです。
その法律、昭和22年法律第120号の国家公務員法で懲戒になりうるケースとしては、第99条「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」があるぐらいです。これはあくまでも職務外の規定です。仕事上のことはあずかり知らないのです。
で、さらに調べると 国家公務員倫理法というのがあります。これは平成11年に法律第129号として制定されたものですが、とってつけたような内容です。申し訳程度に作ったもので、こんなんじゃ駄目だというものです。
(目的)

第一条  この法律は、国家公務員が国民全体の奉仕者であってその職務は国民から負託された公務であることにかんがみ、国家公務員の職務に係る倫理の保持に資するため必要な措置を講ずることにより、職務の執行の公正さに対する国民の疑惑や不信を招くような行為の防止を図り、もって公務に対する国民の信頼を確保することを目的とする。


結局、「検察がそこまでやるか」の問いの答えが、検察を取り締まる仕組みがニッポンにないのが一番の問題だとの結論に至りました。検察官制度を規定する罰則付きの法律を創設し、さらにダメ押しで特別検察官制度を創設して、やっとこさ世界が認める法治国家の仲間に入れるのではないかと、そう考えています。

月刊ウィル7月号です。が、毎度の執筆者の顔ぶれどおり「右向け右っ!」という編集方針のようでして、必ずしも万人にお勧めできるといものでもないですが、発行部数が文芸春秋に次ぐという情報もあり侮れない雑誌だと思います。なお発行部数はマル秘になっているようで、あくまで推測値です。近所の小さな書店にも7冊もあったところをみると4、50万部ぐらいあるかもしれません。意外に多いという印象です。
で、記事を見つけようと目次も開いても他と同列となっていて見落とすかもしれません。
粟野仁雄著「許すな、警察のでっち上げ偽装工作」です。被告たちの実名をあげたり、指紋偽造をすっぱ抜いたりして高知白バイ事件を糾弾しています。
月刊WiLL公式サイト ↓
Will0907.gif


投稿者 hal : 2009年5月29日 05:14

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