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2009年11月26日

再審の扉を開けさせるべく、まずは外堀を埋める


扉を開ける要件として、常識的には「新しい証拠」でしょう。
が、どんなに科学的に根拠がある新しい証拠を用意しても無視されるのが現実の再審請求の現場です。名張毒ぶどう酒事件がその典型です。 --> こちら

新証拠?
裁判所にとって、そんなものは全く興味がないわけです。もっといえば、何が出てきても「蹴ってやる」と決めていれば再審の扉が開くことは絶望的と言わざるをえません。

再審の扉が開く要件はなに?、と問われれば、
「そんなものがあるかっ!」
という答えが、もっとも現実にあっているというような身も蓋もない話です。

それなら冤罪被害者が助けを求めて駆け込み、バッサ、バッサと一刀両断してくれるところはないか。
ちょうどいま話題になっている必殺・事業仕分け人のような仕組みがニッポンにあって、そこが動けば事態が急展開する、そういう仕組みがほしいがそれはあるか。
残念ながら制度としては存在しないです。が、その代わりをするかもしれないのがテレビ・新聞などが騒いで広く国民が事件の本質を知ってしまうことです。その実例を学習しました。

足利事件でした。




通常はテレビなどが大々的に報道をすることはないので、現行の裁判制度だけを使って真実を明らかにするほかありません。
いくら裁判所が真実を明らかにするところではないといわれようが、裁判官が保身の為、皆がヒラメばかりになってしまっているといわれようが、扉を開けさせまいと内部から必死こいて押さえていようが、裁判所の仕組みを使わざるをえません。

新著『あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇』の中に「記者へ逆質問」という節があり、最高裁への上告が棄却された通知が届いた翌日2008年8月23日に記者会見が開かれた様子が綴られています。第五章、P.147~
その中で、再審の話が出てきます。

・・・・・
「再審が開始される可能性というのは、上告審よりもはるかに厳しいわけで・・・・気持ちとしては再審請求をやりたいけど、簡単に再審をやるっていう話にはならない。どこまで新たな証拠を出せるか、という検討を十分にせないかん」

 確定した刑事裁判のやり直しを求める「再審請求」には、これまでに提出していない新たな証拠が必要で、再審開始が認められるのは極めてまれだ。「開かずの扉」とか「針の穴にラクダを通すより難しい」、とも言われる。


「針の穴にラクダを通すより難しい」よりは可能性があり、現実的な方法がある
裁判史において、重大事件で再審の扉が閉められたままになっている実態があります。「高知白バイ事件」が表にでてきたら間違いなく大事件になるはずであり、その観点から重大事件の範疇に入るものと考えています。

  ■ 本当に"推定無罪"か -閉じられる「再審の扉」からの抜粋 --> こちら

それによれば、死刑が確定したあとに再審によって無罪となった重大な冤罪事件が過去に4例あるが、その後パタッと再審の扉が閉じられたままになっていると伝えています。かれこれ20年になります。
名張毒ぶどう酒事件のように弁護側と警察が対立した重大事件では再審の扉が閉まったままになっていて、今日に至っています。

'83年 免田事件
'84年 財田川事件
'84年 松山事件
'89年 島田事件

なんでそうなったかの考察がビデオの中で語られていますが、検察からの巻き返しがあり、裁判所が負けてしまってるという背景があるようです。なにがあったのか、理由はともかく扉が開く気配がないわけです。

そんな状況が続く中、足利事件が急転直下、事態が動きました。
これも酷い事件ですが、裁判所が10年近く無視を決め込んできました。テレビ(サンプロ)で騒がれDNA検証の杜撰さが世の中に知れ渡ってしまったことで、裁判所が渋々認めざるを得なくなったというお粗末極まりない展開でした。
この事例は大いに参考になると考えています。
極論すればこれしかない、と。

幸い、高知白バイ事件はKSB瀬戸内海放送が連続19回報道し、テレビ朝日とその系列局がスパモニ、ザ・スクープ、テレメンタリー、ドキュメンタリー宣言などで繰り返し、繰り返し報道しているのでそこそこ認知度はあるようですが、それでもまだまだ知れ渡っているとはいえません。
テレビ朝日系列の放送局の電波が届かない県・地域が半数ほどあり、全国津々浦々とまではなっていません。高知も視聴することができないそうです。
国民が広く知るには、どうしても複数の全国ネットが取り上げることが欠かせないです。


全国ネットのテレビが取り上げニッポン中に知れ渡る
    そして、もう抵抗しきれないと裁判所が観念し、ギブアップ

ここまで外堀を埋めておかないと、どんなに新証拠を積み上げようが門前で払いのけられてしまう恐れが想定されます。足利事件から学んだことです。外堀といえば、こんなんをアップしてました。 --> こちら

「高知白バイ事件」では、国賠訴訟が進行中ですが予断を許さない状況のようです。再審請求の準備もしているところですが、再審の厳しさは足利事件以上だと考えています。
冤罪事件では警察の杜撰な捜査、無能な検察の実態がバレてしまうために必死で扉を開けないようにしていますが、高知白バイ事件ではそんな生易しいものではないという認識です。

本部長以下県警の組織を守るために、なりふり構わずでっち挙げた事件が表にでてきたら、それこそニッポン中が大騒ぎになってしまいます。なので、裁判所は何が何でも扉を開けるわけにはいかない、となるはずです。警察による証拠の捏造、偽証のみならず検察までもが調書の偽造をやっているのでなおのこと、です。
これまでの冤罪事件では捜査の失敗や杜撰な捜査を隠ぺいするために第三者を犯人に仕立て挙げてしまうパターンがほとんどですが、高知白バイ事件ではそのようなミス・怠慢などを隠す手口ではなく、積極的に証拠を捏造し、偽証までして当事者の片方に責任のすべてをおっ被せた極めて悪質な事件ですから、冤罪事件と同列には語れないからです。

冤罪事件に巻き込まれ、苦しんでいるのにその人たちが駆け込める仕組みがニッポンにはありません。
日常のテレビや新聞ではほとんど報道されないので、闇にまみれたままにされていますが、どうにかしなければならない緊急の政治課題だと考えています。
過去、そして現在進行中の冤罪事件を挙げたらキリがないですが、警察・検察の杜撰な捜査や失敗を隠ぺいするために、そして口封じをすべく社会から抹殺するために、罪のない人たちが犠牲にされています。

こんなことがあっていいはずはありません。





投稿者 hal : 2009年11月26日 05:33

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