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2010年4月 7日

再審決定することに何の不都合があるのか ~逃げてる最高裁


  名張毒ぶどう酒事件です。

今朝、1面トップです。他5面も使って大々的に報じています。
中日新聞はこれまでも幾度となくこの事件を取り上げてきました。
「できるだけニュートラルに」という姿勢は崩さずにです。
しかし疑問点・問題点はきっちり伝えるというスタンスでした。

きのうの夕方、テレビで事件のあった地元のおじちゃん、おばちゃんを取材していました。
が、彼らが気になるコメントを異口同音で発していました。

 「奥西しかいない、無罪ならやっていない証拠を示してほしい」

そのなかにはぶどう酒を飲んだが幸運にも助かった人も含まれていました。
とっさに「悪魔の証明だよ」とひとりごとを、ゆっていました。
被害を被った人の気持を察しても、それでもなお
「そりゃ、無理だ」とつぶやいていました。

ちなみに
 悪魔の証明とは、「ある事実・現象が『全くない(なかった)』」というような、
   それを証明することが非常に困難な命題を証明すること。(ネットから引用)

実は、「悪魔の証明」の裏返しの論理に「やったことを証明する」方法というのがあります。
これが現実の世界で取り入れている方法です。
確かな物証を確保し、具体的な状況を整理し、目撃者がいるなら証言を聞き、
あとこれが一番重要なポイントになりますが、
それらを「科学的に思考し、検証する高い能力」、
これさえあれば、そうそう間違った結論になることはないです。

が、しかし現実の刑事司法の現場では、最も重要な証拠を検察が隠し、
でっち上げの証拠と証言を並べます。
おまけに科学的論理思考ができない検察・裁判官たちが審理します。
こんなことをやって限り、冤罪がなくなることはないよなと
今の刑事司法の現実にひどく落ち込むことがあります。
愛媛白バイ事件、高知白バイ事件、志布志事件、富山事件、足利事件、飯塚事件、御殿場事件などなど、きりがないです。

さすがにニッポンの司法も
「悪魔の証明」を持ち出しても結論はでないことぐらいはわかっているようです。
その証拠に最高裁のホームページに「疑わしきは罰せず」と能書きを垂れています。
実際やってることは真逆のことをやってますが、それは後で触れます。

なぜこんな小難しいことをあえて取り上げたかというと、
取材を受けたおばちゃん、おじちゃんを例にだすまでもなく、
いまだにきちんと理解していない人が多いなぁと思ったからです。

で、犯人を特定する方法として、論理的に2つあります。
 1.やってないことを証明する「俗にいう悪魔の証明」
 2.もうひとつが、やったことを証明するやり方

論理的に裏表の関係ですから、どちらを使っても構わないです。
脳みその中では、どちらも可能です。
が、現実の捜査の現場、検証の現場では
「悪魔の証明」は障害が多すぎて実用になりません。
使い物にならないことは、やってみればすぐにわかります。

結局、2.の「やったことを証明」するやり方の方に落ち着きます。
これは制度や仕組みが違ったとしても、どこの国の司法も同じ考え方で行われています。

それは「悪魔の証明」の裏返しの論理です。
すなわち「推定無罪」「疑わしきは被告人の利益」「疑わしきは罰せず」
の考え方そのものです。
いや、それを使わないと実際の娑婆では役立たないということをご先祖様が学習してきたからというだけのことです。
だれがやっても、どの国であっても、ここにたどり着きます。

人が関わる娑婆ではまったくもって使いものにならないのが「悪魔の証明」です。
それでも実用になっている分野があります。
コンピュータプログラムや電子・電気回路内です。
それらのなかでは実は「悪魔の証明」もどちらの論理も混在して使われています。
そうはゆっても、プログラムは別にして、実際の電子・電気回路にはノイズという大問題が絶えず付きまといますから、
その影響を受けにくい論理の方が採用されるのが一般的です。
これを負論理といいます。

このようにこの分野では「悪魔の証明」も「やったことを証明」も、両方とも使われています。
なぜ両方が使えるかといえば、それは脳みそ内で考えたことをそのままプログラムにできたり、
電子回路では実現できるからです。
用語としては「負論理、正論理」という言い方をしていますが、
言葉こそ違いますが、考え方・意味は「悪魔の証明」「やったことを証明」と、まったく同じです。

負論理と正論理、どちらでも回路やプログラムを作れます。当然ですが同じ結果をだすものがつくれます。
が、繰り返しになりますが、
よりノイズに強いものをつくるには負論理を多用することは普通に行われています。

しかし、これら以外の分野で、
かつ人が直接関わる娑婆の世界では「負論理」の方、すなわち「悪魔の証明」はまったく使い物になりません。
やってもないことを全て証明することは現実にはおカネも時間もかかりすぎて、
また、どんなにエネルギーを使って調べてもこれで100%とは言えない以上、
もれなく調べることは事実上不可能であるからです。

そういう考えをしたいのは勿論自由ですが、
それはあくまでもその人の脳みその中だけであって好きにやってちょ、ということです。
実際の現場では使い物になりませんし、通用しません。

悪魔の証明
  それがどんだけ困難なことか、不可能であるかを図も交えて説明 --> こちら

・・・ 被告人に立証責任などない!! 論理回路記号で考える立証責任 ・・・
クリックで原寸大
NegativeLogic2_s.gif

まとめ
ますます脳みそが納豆になってきたかもしれません。ご勘弁ください。
ぜ~んぶひとつ残らず条件を揃えないと結果が出させないのが「負論理」であり「悪魔の証明」です。
これは人が関わる現実の娑婆では実用にならない論理です。
あくまでもプログラムの中だったり、電子回路内だけでしか使えません。
脳みそのなかでしかつかえない論理です。

他方、「正論理」「やったことを証明」は、
やったことに関し、確かな証拠、証言を集め、それらを科学的に検証すれば犯罪を実証できるわけでして、
それに費やすおカネもエネルギーも最小で済み、
これほど合理的にかつ確実に答えを出せる方法はありません。

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
今朝の一面で伝えています。

「毒物成分 科学論争中心に」
何をいまさらっ!という印象です。
50年も放置していままでなにやってきたのかとい言いたいですね。

これまでなんどもチャンスがあったはずです。
そこできちんと調べることはいくらでもできたはずです。でも全て蹴ってきました。
その裁判所の総元締めの最高裁、
そのひとりの判事、田原睦夫裁判官が補足意見でこう述べています。

「事件発生から五十年近く、今回の再審申し立てから五十年近く経過しており、証拠調べは、必要最小限にして効率よくなされることが肝要だ」
と、
差し戻し後の審理のあり方について異例の注文を付けたと新聞が論評していますが、
よくもまぁ、シャ~シャ~といえるものだと思います。

思うに、そもそも彼らに科学的論理思考を求めること自体に無理があり、
それを強要させることはお気の毒なことではないかと思います。
そうであるならばこれまた持論ですが、
特に再審請求になったら「証拠の認定を裁判所にさせない」、
このように発想自体を変えないと現状は打破出来ないと考えています。

その筋の専門家、弁護士らチームがつくる第三者的組織が証拠を調べて結論を出す。
裁判所はそれを覆せず、それを元に有罪無罪の判断をさせる。
そういう仕組を創設しないかぎり、
同じ過ちをなんども繰り返してきたニッポンの司法の現場を立て直すことは出来ないと考えています。

さらにここがポイントですが、この組織には捜査権を付与します。
そうしないとすぐに壁にぶちあたり機能しないからです。
検察がひた隠す証拠も乗り込んでいって調べることができます。
警察がいい加減に捜査をしたことも担当警察官を職権で直接取り調べることが可能になります。
これまでのように副署長に代弁させるのは「なし、ねっ!」ということになります。

脱線しました。
これから「毒物成分 科学論争中心に」ということになると新聞が予想してます。
が、科学論争もなにも、事実を検証するだけの話です。
専門家グループにきちんと結論を出せることです。
これから検証し審理するのにさらに5年も10年もかかるという話が自然にでていますが、
司法の無能さを自らが認めたということと同じだということを自覚・認識してもらわないと、
ほんと困ります。

三重県衛生研究所のペーパークロマトグラフ試験検査結果
 左・・・・飲み残しぶどう酒のなかにはトリエチルピロホスフェートの反応がなかった。
 右・・・・ニッカリンTを加えたぶどう酒で、ちゃんと検出されている。
中日新聞2010.04.7
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科学的検証はそれとして、もっとも重要なことがこの決定の中にあるとみています。
最高裁が何を狙ってこんどの決定を出したのか
 「前向きにやってんだよ」と一応ポーズを示し、単にフリをしただけではないのか。

   そして責任逃れ。

というのは、奥西死刑囚に残された時間はそう多くないと見るのが常識でしょう。
あと20年も30年も生きられない以上、残り時間はわずかと見なければなりません。
2010年1月に84歳になられたそうです。
うちのオヤジより1歳若いですが、ボケてないにしても身体的老化はおおよそ推測できます。
いずれにしても時間が残されていません。

その現実を重々考慮しているなら、
最高裁が自らの判断で再審を決定することができたはずです。
なのにそれをしなかった。
ここに問題があるわけです。
その視点で眺めてみると、
この「名張毒ぶどう酒事件」でも、検察との力関係が如実に現れているなぁと思えます。
白鳥判決以来、検察が巻き返しにでてきて、
裁判所はそれに屈したまま現在に至っています。
ここでもはっきりそれがでていると。

最高裁は自らの公式サイトで「疑わしきは罰せず」と明確に書いているんですから、
高裁の判断に不審をもった以上、「再審の決定」を自分でやったからといって、
誰彼から文句をいわれる筋合いは無いはずです。

「推定無罪」刑事裁判の大原則
あれほど最高裁が言いつづけ、学生にも教え、
ご丁寧にホームページにも掲げているのに現場ではまったく無視され、
真逆の「推定有罪」がまかり通っているニッポンの裁判。
あまりにかけ離れた「能書き」 --> こちら

・・・ 「疑わしきは罰せず」これが原則のはずだが、「罰する」となっている  ・・・
「疑わしきは罰せず」の原則

Q.立証責任とは何ですか。

A.「疑わしきは罰せず」とか「疑わしきは被告人の利益に」という言葉は聞いたことがあると思いますが,刑事裁判では,被告人の有罪を確実な証拠で,合理的な疑いを入れない程度にまで立証することについては,検察官がその責任を負います。これが立証責任です。そして,検察官の方で立証を尽くしても,被告人を有罪とするために必要なある事実が存在するかどうかが立証できなかった場合には,その事実は存在しなかったものとして,被告人に有利な判断をしなければなりません。つまり,「疑わしきは罰せず」の原則により,無罪の判決を言い渡すことになります。

警察・検察のメンツを立てるには有罪にするほかないのでしょう。

新人研修所では有罪の判決文を書くことしか習わないといわれ、
その後の裁判所での実地研修でも有罪判事のもとでは「有罪」しか書かないので
ますます有罪判事が再生産されている実態があるといわれています。

裁判の現場で、下級裁判所がやってることを知らないハズがない最高裁が
自分でもやってるんですから、世話なしです。
言葉もありません。
あくまでも建前は建前なんでしょう。
実際は「警察・検察のメンツは潰したくない、あくまでも彼らを守るんだ」とゆってることと同じになると受け止められることも理解できてないようです。

これは冤罪事件に限らず決まってでてくる裁判の現場における問題点であって、
裁判所が真相を明かすところではないことを最高裁自身が示したことで、
こんどの決定でも「逃げ回ってる裁判所」が改めてクローズアップされました。

こんな判断しかできないご仁たちを税金を使ってまで飼っておく道理はないと思いますし、
鳩山さんも特捜に脅されたぐらいで縮こまってないで、
ガンガン法律を通して司法改革していけばいいんです。
可視化、刑訴法改正など、やらなきゃならない宿題をまず片付けましょう。

死刑執行が停止されたからと喜んでいる場合ではありません。
最高裁が再審決定を避けたのは、高裁に差し戻すことで再審になるのかどうかもわからないようですし、
また10年もグダグダと時間が掛かるかもしれないことをいいことに、
獄死を狙っているのではないか。

再審を決定することになんの問題がありましょうか。
高裁の判事、速やかに判断をして下さい。
いまは現状の仕組を使ってやるしかないわけですから、ホント頼みますよ。

最後に、
事件を追ってご本「名張毒ブドウ酒殺人事件・六人目の犠牲者」を書かれた江川紹子さんの手記が載っています。ご紹介します。
中日新聞2010.04.7
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差し戻し最高裁の役割放棄

江川紹子さん手記

 これまで奥西勝死刑囚の再審請求を退け続けてきた最高裁も、今回はさすがに有罪判決を支持した原決定に疑問を呈し、破棄せざるを得なかった。それほど、原決定は科学的鑑定を無視した自白頼みのものだった。にもかかわらず、自ら判断を下さず、高裁に差し戻して判断を先送りしたのは、人権の砦であるべき役割を放棄したと言わざるを得ない。
 弁護側が指摘するように、事件に使用した毒物が判決の確定認定通りニッカリンTであれば、当然含まれているはずの不純物が、問題のぶどう酒からは検出されていない。毒物はニッカリンT以外の農薬であるとする弁護側の鑑定に対し、検察側は説得力のある反論をできていない。
 再審においても「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとした最高裁の「白鳥決定」に従えば、当然、再審開始決定が出されてしかるべきだ。
 ところが今回の最高裁は、原決定について「誤りがある疑いがあり」としながら、「事実が解明されていない」から高裁で調べよという。DNA鑑定で菅家利和さんではないと判明した足利事件のように、百二十パーセント無実を証明しなければ、再審開始決定は出したくない、と言わんばかりだ。こうした姿勢は、「白鳥決定」の趣旨からかけ離れている。
 訴訟指揮の公正さにも疑問がある。本件が最高裁に係属してから、検察側はこの毒物鑑定について、二年半も自ら主張をしてこなかった。それなのに、最高裁は昨年七月、検察側に弁護側鑑定に対する反論を促した。
最高裁は再審開始決定を出さずにすむ材料を探していたのではないか、と思えるほどアンフェアな訴訟指揮だった。
 これまでの審理で、奥西死刑囚を有罪とした判決には多くの疑問が呈されている。なのに、最高裁は判決とは別の場所で毒物が入れられた可能性を示す弁護側の実験結果についても、「抽象的可能性を示すにとどまる」などとけんもほろろに排斥。有罪判決にいくつも生じている「疑い」に、なぜか関心を示そうとしない。
 裁判所が過去の裁判を見直すことに、ここまで消極的であれば、もはや再審を行うかどうかの判断を裁判所に任せておくことはできないように思う。再審の是非は、検察審査会のように、市民が判断するような制度に改めたらどうか。(フリージャーナリスト。「名張毒ブドウ酒殺人事件・六人目の犠牲者」の著書がある)


会合出席者などにもさまざまな思い 名張毒ぶどう酒事件

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100406/trl1004062145007-n1.htm

2010.4.6 21:44

 事件が起きた会合に居合わせた人たちの心には、今も事件が重くのしかかる。

 ぶどう酒を飲んで中毒になった奈良県山添村葛尾の浜田能子さん(76)は「『生き残った』といわれつらかった。真犯人を知ったところで、多くが命を落とし、今さらどうなるという気持ち」と話した。最高裁の決定には「高裁では真実をはっきりと明らかにしてほしい」と述べた。

 また、同様に会合に出ていた男性は「もしやっていないという証拠があればかわいそう」と淡々と語った後で「当時の自白は何だったのか。やっていないなら証しが必要」と付け加えた。

 事件現場の公民館があった場所は、今はゲートボール場となり、近くに慰霊塔が建立されている。事件発生から49年となる今年3月28日には奥西死刑囚の支援者ら約140人が現地調査し、花を手向けた。

 隣接する伊賀市では、足利事件の菅家利和さん(63)が今年3月、講演会で「毒ぶどう酒事件も冤罪(えんざい)。再審で無罪を」と訴えた。事務局担当者は「地域で起きた事件だけに、きっちりとした審理で事実を解明してほしい」と話した。

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投稿者 hal : 2010年4月 7日 06:08

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