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2014年8月 9日

集団的自衛権すなわち他国防衛が解禁!! ~論拠が支離滅裂、2014年版 防衛白書

過去の防衛白書を紐解いてみると、
これまでは下図のように判で押したように律儀に、
戦争の邪魔になる足枷(あしかせ)「集団的自衛権、行使しない」を掲げてきました。
「許されない、すなわち戦争しません!」と、全世界に対して明確な意思表示をしてきました。
というのも、
先の戦争で連合国に対して全面降伏し、敗戦国となったことに端を発していることに、異論はないはずです。
そして、不戦の誓いを込めた新憲法をつくり国連に加盟させてもらったわけです。
という前提条件がある以上、その根幹が揺らぐ事態が再び勃発すれば
戦勝国である連合国によって「敵国条項」が発動され、ニッポンに軍事制裁が加えられることになっても、
何も文句が言えません。
 ※日本は7つの敵国の1つ。国連憲章は未だ改正されておらず、「敵国条項」がそのまま生きている--> こちら


戦勝国となった連合国(単独でも可)は、第53条に合致すれば
「敵国条項」を発動し、ニッポンを攻撃することも可能です。国連決議にかかわらずに、です。
ですから、下手に「集団的自衛権」を行使して他国の紛争に加担すると、
「敵国条項」が発動されかねない危険もでてくるわけです。

日本国政府がこれまで一貫して掲げてきた、
 「集団的自衛権行使は許されない」
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第II部 わが国の防衛政策の基本と防衛力整備
4 集団的自衛権

 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有するとされている。わが国は、主権国家である以上、国際法上、当然に集団的自衛権を有しているが、これを行使して、わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず他国に加えられた武力攻撃を実力で阻止することは、憲法第9条の下で許容される実力の行使の範囲を超えるものであり、許されないと考えている。


繰り返しになりますが、2013年版防衛白書までは、
集団的自衛権については次のように、なんとか歯止めを掛けてきました。
「許されない、やっちゃダメ」と。今般、これが消滅しました!
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 ◇ 2013年版 防衛白書 25020102.pdf --> こちら

ところが、ついにというか、
安倍さんは彼の野望であり、長年の妄想でもあった集団的自衛権行使の箍(たが)を外してしまいました。
「戦争になっても仕方ないな・・・」とでもいうように、閣議決定が強行されました。(2014.7.1)
それを受けて、防衛省の公式サイトから「集団的自衛権」を記述したページが、消されました。(2014.7.7午後)
 「憲法と自衛権(25020102.pdf)」というファイルです。記録保存してあります。--> こちら
解釈改憲が閣議決定された2014.7.1から7日目で消えました。
「戦争しません!」というページなのでこれが存在したままではなにかと不都合であり邪魔なので、消したのでしょう。

で、2014年版防衛白書では、憲法と防衛政策のページが大幅に改悪されました。
まさに戦争に向けて、第一歩を踏み出すぞというメッセージです。
自民党議員や自民党が掲げる主張ならまだしも、
日本国政府が公式に発表するものですから、重みがまったく違います。
これが世界に向けての宣言となるわけですから。

で、行使可能に至った根拠がふるっていてます。
まさか役所とあろうものが「安倍さん一派が捏ねくりあげたモノ」をそのまま載せるとは思いもよりませんでした。
その根拠としたものが、
1972(昭和47)年10月14日、参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」、
すなわち「72年見解」と呼ばれるものです。
これは「社会党の水口議員が「政府が暴走するのではないか」の疑念に対する答弁書であり
「歯止めを掛けるし、集団的自衛権の行使は認められない」とするから
「国民の皆さん、安心してね」という主旨で書かれたものです。
ですから、「集団的自衛権行使はできないよ」という結論になっているわけです。

ところが安倍さんの私的な安保法制懇談会も安倍さん一派も、この見解をネタにして
集団的自衛権行使ができるという真逆の屁理屈を捏ねくりあげました。
そもそもが「ダメだ」という主旨の見解を、「できるんだ」に解釈しようとしても論理的に無理ですが
それをあえてやってしまうんですから、もうハチャメチャというほかありません。

【 結論 】
以上ゴチャゴチャと書いてきましたが、
要するに「72年見解」の肝が、次のように最後尾に書かれていることを、防衛白書は隠しているわけです。

・・・
他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。

この決定的な文言が削除されたことで、
この72年見解の資料タイトル「集団的自衛権と憲法との関係」を見て、集団的自衛権が憲法に含まれていると早合点する人がでてこないとも限りません。
「72年見解」をわざわざ根拠にしておきながら、その最も肝心な部分をまるっと削除、
  --> こちら
そんな勝手な論拠があっていいものでしょうか。
都合のいいところだけをつまみ食いし、それを根拠に白書を仕立て上げたことに、
最大の問題があるのです。
根拠にすらならない「72年見解」を引っ張り出し、国民を惑わそうとするやり方は許されません。

平成26年版 防衛白書 26020102.pdf
第2節憲法と防衛政策の基本、憲法と自衛権、憲法第9条の趣旨についての政府見解、保持できる自衛力、憲法第9条のもとで許容される自衛の措置、
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自衛権を行使できる地理的範囲、交戦権
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専守防衛、軍事大国とならないこと、非核三原則、文民統制の確保
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第1章 わが国の安全保障と防衛の基本的考え方

第2節 憲法と防衛政策の基本

1 憲法と自衛権

わが国は、第二次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願である。この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認に関する規定を置いている。もとより、わが国が独立国である以上、この規定は、主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏づける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解している。このような考えに立ち、わが国は、憲法のもと、専守防衛をわが国の防衛の基本的な方針として実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきている。

2 憲法第9条の趣旨についての政府見解

1 保持できる自衛力

わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えている。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断される。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することで、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められる。
しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されない。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM)Intercontinental Ballistic Missile、長距離戦略爆撃機攻撃型空母の保有は許されないと考えている。

2 憲法第9条のもとで許容される自衛の措置

今般、14(平成26)年7月1日の閣議決定(次節にて記述)において、憲法第9条のもとで許容される自衛の措置について、次のとおりとされた。
憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条のもとで例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、72(昭和47)年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。

この基本的な論理は、憲法第9条のもとでは今後とも維持されなければならない。
これまで政府は、この基本的な論理のもと、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威などによりわが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様などによっては、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。
わが国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を採ることは当然であるが、それでもなおわが国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。

 こうした問題意識のもとに、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。
 
 わが国による「武力の行使」が国際法を遵守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでもわが国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである。
参照 図表Ⅱ-1-2-1(憲法第 9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の新三要件)

3 自衛権を行使できる地理的範囲

わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概には言えない。
しかし、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであり、憲法上許されないと考えている。

4交戦権

憲法第9条第2項では、「国の交戦権は、これを認めない。」と規定しているが、ここでいう交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などの権能を含むものである。一方、自衛権の行使にあたっては、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然のこととして認められており、たとえば、わが国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合、外見上は同じ殺傷と破壊であっても、それは交戦権の行使とは別の観念のものである。ただし、相手国の領土の占領などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えられるので、認められない。

図表Ⅱ-1-2-1 憲法第9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の新三要件

○ わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
○ これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
○ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


3 基本政策

これまでわが国は、憲法のもと、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、日米安保体制を堅持するとともに、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、実効性の高い統合的な防衛力を効率的に整備してきている。

1専守防衛

専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。

2軍事大国とならないこと

軍事大国という概念の明確な定義はないが、わが国が他国に脅威を与えるような軍事大国とならないということは、わが国は自衛のための必要最小限を超えて、他国に脅威を与えるような強大な軍事力を保持しないということである。

3非核三原則
非核三原則とは、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという原則を指し、わが国は国是としてこれを堅持している。
なお、核兵器の製造や保有は、原子力基本法の規定でも禁止されている1。さらに、核兵器不拡散条約(N PT)Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons により、わが国は、非核兵器国として、核兵器の製造や取得をしないなどの義務を負っている 2。

4文民統制の確保
文民統制は、シビリアン・コントロールともいい、民主主義国家における軍事に対する政治の優先、または軍事力に対する民主主義的な政治による統制を指す。わが国の場合、終戦までの経緯に対する反省もあり、自衛隊が国民の意思によって整備・運用されることを確保するため、旧憲法下の体制3とは全く異なり、次のような厳格な文民統制の制度を採用している。
国民を代表する国会が、自衛官の定数、主要組織などを法律・予算の形で議決し、また、防衛出動などの承認を行う。国の防衛に関する事務は、一般行政事務として、内閣の行政権に完全に属しており、内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないこととされている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、国の防衛に専任する主任の大臣である防衛大臣は、自衛隊の隊務を統括する。また、内閣には、わが国の安全保障に関する重要事項を審議する機関として国家安全保障会議が置かれている。
防衛省では、防衛大臣が国の防衛に関する事務を分担管理し、主任の大臣として、自衛隊を管理し、運営する。その際、防衛副大臣、防衛大臣政務官(2人)および防衛大臣補佐官4が政策、企画および政務について防衛大臣を助けることとされている。
また、防衛大臣政策参与が、防衛省の所掌事務に関する重要事項に関し、自らが有する見識に基づき、防衛大臣に進言などを行うこととしているほか、防衛会議では、防衛大臣のもとに政治任用者、文官、自衛官の三者が一堂に会して防衛省の所掌事務に関する基本的方針について審議することとし、文民統制のさらなる徹底を図っている。
以上のように、文民統制の制度は整備されているが、それが実をあげるためには、国民が防衛に対する深い関心を持つとともに、政治・行政両面における運営上の努力が引き続き必要である。

観閲式において巡閲を行う安倍内閣総理大臣【内閣広報室】


1 原子力基本法第2条「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし......」 2 NPT第2条「締約国である各非核兵器国は、......核兵器その他の核爆発装置を製造せず又はその他の方法によって取得しないこと......を約束する」 3 軍に関する事項について、内閣の統制の及び得ない範囲が広かった。 4 大臣補佐官は、国家公務員制度改革の一環として、14(平成26)年5月から、特に必要な場合に1名置くことができる官職として各府省に新設。あわせて、既存の防衛大臣補佐官を防衛大臣政策参与に改称


青色太文字↓が2014年版防衛白書では削除されている。

「 集団的自衛権と憲法との関係に関する政府資料」
(昭和47年(1972年)10月14日参議院決算委員会提出資料

「国際法上、国家は、いわゆる集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化されるという地位を有しているものとされており、国際連合憲章第51条、日本国との平和条約第 5条(C)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約前文並びに日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言 3第 2段の規定は、この国際法の原則を宣明したものと思われる。

そして、わが国が、国際法上右の集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然といわなければならない。

ところで、政府は、従来から一貰して、わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されないとの立場に立っているが、これは次のような考え方に基くものである。

憲法は、第9条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が......平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第13条において「生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利については、......国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることから、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。

しかしながら、だからといって、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまでも外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の擁利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの擁利を守るための止むを得ない措置として、はじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。

そうだとすれば、わが憲法の下で武カ行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。


国連憲章
第53条
 1. 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極または地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。
 2. 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

第107条
 この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

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集団的自衛権すなわち他国防衛が解禁!! ~論拠が支離滅裂、2014年版 防衛白書
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投稿者 hal : 2014年8月 9日 23:13

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